転々とする情勢

結局、オリンピック組織委員長は森喜朗が辞任することになり、では次は誰がやるのかということになり、Jリーグのチェアマンだかキャプテンだかをやった川淵三郎がやるらしいと報じられた。
森喜朗からは泣きながら要請されたらしい。

しかし、ツイッターは黙っていない。
なにしろ川淵三郎は今や「WILL」に連載を持つなど立派な「ネトウヨ」に育っているからである。
こんな人物に国際的な大会の旗振りをさせるのか、と。

しかし、それについてはどうも思っていなかった。
なぜなら、どうせ開催する訳のないオリンピックなのだ。
開催しようと頑張ったところでキャリアに傷を付けるのが関の山。
どうやって幕を引くか。それならあとのない老人がいいに決まっている。

そう思って一晩経ったら「辞退の方向」という。

随分と豹変するものである。
一体何があったのか。

ネット上の不人気を受け、機を見るに敏な川淵が辞退を決めたのか、はたまた支持率の低下を恐れる政権の横槍が入ったか。

ところで、川淵三郎の略歴というのが面白い。

川淵三郎は大阪の出身で、堺市のトップ校・三国ヶ丘高校出身である。
昭和20年代で、四国などに遠征に行けるというのでサッカー部に入ったのだという。
そして、二浪して早稲田大学に進み、古河電工のサッカー部に入った。今で言えばジェフ市原である。

サッカーを上がった後は、社業に専念し四国の別子銅山に伸銅線の買い付けに行くなどしたらしい。
かなり四国との縁があるのだ。

ということで太平洋本線の四国行きの急行「遍路」。

ちなみに「遍路」は一般国民座席車と食堂車幸楽」で編成されている。

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