「市民」という恐怖に怯える記者

最近、ワクチンの安全性に疑念を示す記事が相次いで削除されているという。

いいじゃないですか。「ワクチンに疑問を呈する記事は怖くて書けない」
昨日の「望遠レンズは怖くて使えない」と同じで、日本の記者やカメラマンは「市民」という恐怖とも戦わなければいけなくなったわけだ。

こうしてどんどん市民自らの手で自由を弾圧していけばいい。
いっそ、国際的な「報道の自由度ランキング」の低下に快哉を叫べばいい。

しょせん、日本人に「自由」など宝の持ち腐れなのだ。

何の脈絡もなく大阪民国首都圏電鉄の蒸気動車

 

 

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