日: 2021年6月24日

音喜多死すとも新自由主義は死せず 0_大阪民国首都圏電鉄

音喜多死すとも新自由主義は死せず

宮内庁長官はこのコロナ禍でオリンピックを開催することに対し「憂慮していると拝察」と発言。 どういう状況だったのだろうか。 「いかな陛下の御発言といえど、いえ陛下の御発言なればこそこのオリンピック反対の世論は一層盛り上がりましょう。しかしそのことで巨額の富を失う会社が日本にも世界にもゴマンとあるのでご…
殺されても「言論の自由」を守れ 2_悲しみ本線

殺されても「言論の自由」を守れ

旭川医大の学長選に絡んで道新の記者が逮捕されるという事態に。 新聞記者も新聞記者で、逮捕された程度のことで「言論の自由が〜」とかミーミー泣いてないで、殺される覚悟でスクープ取ってこい。 シャルリー・エブドなんか爆破されてもやってるんだぞ。 最後の1人になるまで権力や市民と戦え! そうかと思えば例によ…
鉄道が「従」であるならば 0_大阪民国首都圏電鉄

鉄道が「従」であるならば

害鉄の世界線において、あくまで鉄道は「従」であるとするならば、アジアンカオスの中の多民族国家・大阪民国について徹底して作り込まなければならない。 大阪民国にはなぜ全アジアから人が流入するのかというところから。 「主」はむしろそっちの方。 「主」は「主」でもいいんだけどさ、これからはポリティカル・コレ…
大東亜「支配・征服」か「征服・支配」か 0_大阪民国首都圏電鉄

大東亜「支配・征服」か「征服・支配」か

害鉄ブログのタイトルは「害吉鉄道の大東亜支配・征服ぶろぐ」となっているが、果たして語順はこれでいいのか。 「征服」してしかるのちに「支配」が始まるとすれば「征服・支配」になるのではないか。 しかし、「支配」が完了して初めて「征服」が成し遂げられるとすれば「支配・征服」でも構わないのではないかとも思う…
鉄道とは「目的」ではなく「手段」 1.2_政所

鉄道とは「目的」ではなく「手段」

そもそも鉄道帝は「何かのついでに鉄道経営」というのが大好きなのです。 鉄道経営は「目的」ではなく「手段」。 ・関西電力が敷設し切符に「生命の保証は致しません」と書いていた黒部峡谷鉄道 ・駅員が作業服を着ている三岐鉄道 その最たるものが、満州支配のための南満州鉄道でしょう。 あくまで害吉鉄道も大東亜征…