関東
- 糞尿垂れ流しに国労が抗議デモ(S43.8.9中日映画社) 1968年8月9日
- 国鉄の過密ダイヤにATSがついていけない(S43.7.26中日映画社) 1968年7月26日
- 信号無視による国電衝突がまた発生(S43.7.19中日映画社) 1968年7月19日
- 横須賀線爆破事件(S43.6.21中日映画社) 1968年6月21日
- 井の頭線と無免許運転のトラックが衝突(S39.3.26読売) 1964年3月26日
- 地下鉄日比谷線の霞ヶ関〜恵比寿間が開業(S39.3.24読売) 1964年3月24日
- 国鉄の輸送力増強計画で赤羽〜大宮3線化も(S38.6.26埼玉新聞) 1963年6月26日
- 上尾〜大宮の東武バスで運転手と車掌がけんか別れ(S38.6.15埼玉新聞) 1963年6月15日
- 雨の朝、都電と都バスがスリップで衝突(S38.6.3朝日) 1963年6月3日
- 国鉄に挑むハイウェー・バス(S38.5.30埼玉新聞) 1963年5月30日
- 大宮操車場は電子計算機で貨車仕分け(S38.5.28埼玉新聞) 1963年5月28日
- 赤坂で都電が脱線し横転(S38.5.15朝日) 1963年5月15日
- 横浜市電同士の衝突(S38.5.12朝日) 1963年5月12日
- がめつい節約旅行は朝の寝台車利用で(S38.5.9埼玉新聞) 1963年5月9日
- 最高時速170kmのロマンスカー(S38.5.9埼玉新聞) 1963年5月9日
- 常磐線にタンクローリーが転落(S38.5.7朝日) 1963年5月7日
- 豊田泰光、西鉄から国鉄へ(S37.11.27北海道新聞) 1962年11月27日
- 甲府の踏切で列車とバイクが衝突(S37.10.27山梨日日新聞) 1962年10月27日
- 中央線で増加する車内犯罪(昭和37年10月19日) 1962年10月19日
- 富士急で衝突事故(S37.10.16山梨日日新聞) 1962年10月16日
- 「第一アルプス」発車OK(S37.10.16山梨日日新聞) 1962年10月16日
- 昭和39年には身延線に準急3往復の予定(S37.10.14山梨日日新聞) 1962年10月14日
- 私鉄運賃10%値上げへ(S37.10.13山梨日日新聞) 1962年10月13日
- 鰍沢町十谷に待望のバス(S37.10.10山梨日日) 1962年10月10日
- 関東商工会議所連合会総会で身延線の改善を訴える(S37.10.6山梨日日) 1962年10月6日
- 山陽本線で貨物列車が脱線(S37.9.13読売) 1962年9月13日
- 久留里線末端部の貨物取り扱いを廃止へ(S36.10.18千葉日報) 1961年10月18日
- 京葉臨海鉄道実現へ(S36.10.13千葉日報) 1961年10月13日
- 久留里線で相次ぐ列車妨害(S36.10.12千葉日報) 1961年10月12日
- 千葉県の交通政策に関する座談会(S36.10.11千葉日報) 1961年10月11日
- ダイヤ改正でも輸送力が追いつかず(S36.10.9千葉日報) 1961年10月9日
- サンロクトオは千葉では不評(S36.10.5千葉日報) 1961年10月5日
- 袖ヶ浦でディーゼルカーとダンプが衝突事故(S36.9.14千葉日報) 1961年9月14日
- 列車は増えても人員不足で貨物取り扱い停止(S36.9.13千葉日報) 1961年9月13日
- 千葉鉄道管理局全面ダイヤ改正時刻表(S36.9.3千葉日報) 1961年9月3日
- 千葉県内の列車治安悪すぎ(S36.4.28千葉日報) 1961年4月28日
- 房総東・西線で悪質な列車妨害相次ぐ(S36.4.25千葉日報) 1961年4月25日
- 私鉄ストで80万人に影響(s36.4.17千葉日報) 1961年4月17日
- 国鉄運賃値上げで千葉〜東京120円に(S36.4.6千葉日報) 1961年4月6日
- 船橋で踏切事故(S36.3.30千葉日報) 1961年3月30日
- 千葉県公労協のストで交通マヒ(S36.3.28千葉日報) 1961年3月28日
- 千葉鉄道管理局管内の滞貨急増(S36.3.18千葉日報) 1961年3月18日
- 九十九里鉄道が廃止(S36.2.28千葉日報) 1961年2月28日
- 久留里線に無人駅「祇園駅」お目見え(S36.2.26千葉日報) 1961年2月26日
- 春の臨時列車(S36.2.22毎日) 1961年2月22日
- 京葉臨海鉄道の早急な実現を(S36.2.22千葉日報) 1961年2月22日
- 消防士までが国電でスリ(S36.2.21毎日) 1961年2月21日
- 外房州に観光客殺到(S36.2.21千葉日報) 1961年2月21日
- 東京〜木更津を結ぶ夢のモノレール計画(S36.1.23千葉日報) 1961年1月23日
- 千葉鉄道管理局の5ヶ年計画(S36.1.23千葉日報) 1961年1月23日
- 通勤列車で乗客の転落しきり(S35.9.21埼玉新聞) 1960年9月21日
- ジーゼル特急「はつかり」号が試運転(S35.9.16埼玉新聞) 1960年9月8日
- 川越駅で国鉄・東武・西武を合流させる計画(S35.9.8埼玉新聞) 1960年9月8日
- 生まれ変わる熊谷駅(S35.9.1埼玉新聞) 1960年9月1日
- 秋の国鉄臨時列車(S35.8.26埼玉新聞) 1960年8月26日
- 難航する南浦和駅工事(S35.8.24埼玉新聞) 1960年8月24日
- 新幹線工事か、文化財か(S35.8.22神奈川新聞) 1960年8月22日
- 国鉄川越線沿線で電化促進署名(S35.8.17埼玉新聞) 1960年8月17日
- 川口駅構内に魔のカーブ(S35.8.6埼玉新聞) 1960年8月6日
- 川口と籠原で国電に落雷(S35.8.3埼玉新聞) 1960年8月3日
- 国鉄大宮工場の煙突が煤煙公害(S35.7.17埼玉新聞) 1960年7月17日
- 大宮駅前の繁華街で火災(S35.7.14埼玉新聞) 1960年7月14日
- 生まれ変わる大宮駅前(S35.7.1埼玉新聞) 1960年7月1日
- 列車強盗の発生した米原行き「611列車」とは?(S34.12.6埼玉新聞) 1959年12月6日
- 高崎線の列車強盗は上り列車でも(S34.12.1埼玉新聞) 1959年12月1日
- 高崎線夜行列車車内の強盗殺人は乗客を中心に捜査(S34.11.30埼玉新聞) 1959年11月30日
- 高崎線の列車内で惨劇(S34.11.29埼玉新聞) 1959年11月29日
- 大宮〜蓮田に砂駅(仮称)新設決まる(S34.11.27埼玉新聞) 1959年11月27日
- 深谷ネギが関西方面に初出荷(S34.11.21埼玉新聞) 1959年11月21日
- 三峰口駅でハイカーに辻強盗(S34.11.7埼玉新聞) 1959年11月7日
- ついに浦和駅に列車が停まる!(S34.11.3埼玉新聞) 1959年11月3日
- 国電白書「殺人的な混雑でラッシュ時は定員の3倍」(S34.11.3埼玉新聞) 1959年11月3日
- 新米の収穫期となり東武は担ぎ屋が増える(S34.11.1埼玉新聞) 1959年11月1日
- 亀有駅で国電とトレーラーが衝突(S34.10.21埼玉新聞) 1959年10月31日
- 白岡駅に巨大変圧器が到着(S34.10.30埼玉新聞) 1959年10月30日
- 大宮〜東飯能に観光列車「なぐり号」(S34.10.26埼玉新聞) 1959年10月26日
- 鉄道記念日を祝す広告(S34.10.14埼玉新聞) 1959年10月14日
- 浦和駅西口はバスやタクシーの天下(S34.10.6埼玉新聞) 1959年10月6日
- ビジネス特急を使っても…(S34.8.29朝日) 1959年8月29日
- 0番線のある街(S34.3.30千葉日報) 1959年3月30日
- 房総西線で線路にダイナマイト(S34.3.26千葉日報) 1959年3月26日
- 連休の2日目は雨(S34.3.23千葉日報) 1959年3月23日
- 南房へ10万の行楽客(S34.3.22千葉日報) 1959年3月22日
- 3月20日からの千葉局管内の時刻表(S34.3.17千葉日報) 1959年3月17日
- 京葉工業地帯に2路線の鉄道計画(S34.3.17千葉日報) 1959年3月17日
- 公労協の統一行動で列車遅延(S34.3.14千葉日報) 1959年3月14日
- 修学旅行は合理的な計画で(S34.3.9千葉日報) 1959年3月9日
- 京成で集改札スト(S34.3.6千葉日報) 1959年3月6日
- 春の修学旅行シーズンに3000本の臨時列車(S34.2.16千葉日報) 1959年2月16日
- 銚子で機関士が汽笛で火事を知らせる機転(S34.2.7千葉日報) 1959年2月7日
- 千葉駅の移転作業は秋から( S34.2.5千葉日報) 1959年2月5日
- 春を呼ぶおしめり(S34.1.29朝日) 1959年1月29日
- 旭市が市制5年目でやっと旭町駅が改称(S34.1.18千葉日報) 1959年1月18日
- 木原線でディーゼルカーとトラックが衝突(S34.1.17千葉日報) 1959年1月17日
- 恨みは深しバス値上げ(S34.1.11千葉日報) 1959年1月11日
- 区間制になって不合理になったバス料金(S34.1.9千葉日報) 1959年1月9日
- 「アトム機関車」EF60が東京駅で公開(S33.8.19熊本日日新聞) 1958年8月19日
- 東京〜大阪の超特急に負けじと日航も「空飛ぶ通勤車」(S33.7.18熊本日日新聞) 1958年7月18日
- 修学旅行に新型電車(S33.6.9読売) 1958年6月9日
- 両毛線に置き石で機関車が転覆(S33.3.19朝日) 1958年3月19日
- 朝の南武線車内で教員が刺殺される(S33.3.18毎日夕刊) 1958年3月18日
- 水戸に来ることは「来水」(S33.1.21いはらき) 1958年1月21日
- 年末年始の臨時列車(S32.12.8朝日) 1957年12月8日
- 箱根駒ヶ岳ケーブルカーがいよいよ開通(S32.11.2神奈川新聞) 1957年11月2日
- 浜川崎線の架線にクレーンが接触し不通に(S32.10.31神奈川新聞) 1957年10月31日
- 京急、三浦市へ乗り入れ(S32.10.30神奈川新聞) 1957年10月30日
- 東武がボーナス要求でストか(S32.6.14読売夕刊) 1957年6月14日
- 東逗子駅を花いっぱいに(S32.5.30神奈川新聞横須賀版) 1957年5月30日
- 有楽町そごうがいよいよ開店!(S32.5.24神奈川新聞) 1957年5月24日
- 世界一周の西ドイツ女子大生が横浜駅へ(S32.5.23神奈川新聞) 1957年5月23日
- 江ノ電に架かる桜橋が架橋(S32.5.22神奈川新聞横須賀版) 1957年5月22日
- 神奈川新聞でも報じられた急行「北上」脱線転覆(S32.5.18神奈川新聞) 1957年5月18日
- 有楽町「そごう」は5月25日開店予定(S32.5.18神奈川新聞) 1957年5月18日
- 南武線平間の「魔の踏切」に開閉器(S32.5.17神奈川新聞) 1957年5月17日
- ジャカルタには市電もあった(S32.2.25朝日夕刊) 1957年2月25日
- 国鉄は春闘の第1波で尾久客車区の分会でも大会(S32.2.21読売夕刊) 1957年2月21日
- 立ち消え寸前の横浜市トロリーバス計画(S32.2.1神奈川新聞) 1957年2月1日
- 京浜急行三崎線建設の足がかりに(S32.2.1神奈川新聞) 1957年2月1日
- 原町田に歩行者専用の踏切(S32.1.30神奈川新聞相模版) 1957年1月30日
- ビルマへの戦時賠償として川崎港から貨車積み込み(S32.1.30神奈川新聞) 1957年1月30日
- 施設の子らが東西交歓旅行(S31.11.27朝日) 1956年11月27日
- 御茶ノ水駅で総武線が脱線し都電が混雑(S31.11.26朝日) 1956年11月26日
- 国電が御茶ノ水で脱線し都電が混乱(S31.11.26朝日) 1956年11月26日
- サザエさん「都電の窓から」(S31.11.24朝日) 1956年11月24日
- 東海道本線全線電化完成で賑やかに出発式(S31.11.19山陽新聞) 1956年11月19日
- 国鉄が大蔵省と予算折衝(S31.11.7山陽新聞) 1956年11月7日
- 道灌パレードで都電も花電車(S31.10.4読売夕刊) 1956年10月4日
- 日立が電気機関車をタイに輸出(S31.9.29いはらき) 1956年9月29日
- 台風15号が猛威で列車は徐行(S31.9.28いはらき) 1956年9月28日
- 国鉄は家族パスを廃止(S31.9.20いはらき) 1956年9月20日
- 水鉄局の貨車運用は最高実績(S31.9.20いはらき) 1956年9月20日
- アメリカの原子力機関車(S31.9.14いはらき) 1956年9月14日
- 豊作でカツギ屋が消えていく(S31.9.3いはらき) 1956年9月3日
- 海岸に秋風吹き臨時列車もガラ空き(S31.8.13いはらき) 1956年8月13日
- 水戸駅前の広場が正式に改修決定(S31.8.8いはらき) 1956年7月22日
- 危険な水戸駅前の改修を陳情(S31.8.4いはらき) 1956年7月22日
- 夏の大洗は茨城交通の電車・バスで!(S31.7.22いはらき) 1956年7月22日
- 水戸駅前は交通地獄(S31.7.22いはらき) 1956年7月22日
- 日立電鉄とバスの路線図(S31.7.21いはらき) 1956年7月21日
- 客車15両貸し切って社員旅行(S31.7.20朝日) 1956年7月20日
- 地下鉄丸ノ内線開通で一番列車に集まるマニア(S31.7.20朝日) 1956年7月20日
- 水戸駅前の夜景(S31.7.20いはらき) 1956年7月20日
- 池袋西武デパート「丸ノ内線開通で池袋がちかくなりました!」(S31.7.19朝日) 1956年7月19日
- 水戸民衆駅竣工(S31.7.15いはらき) 1956年7月15日
- 水戸民衆駅完成のお祝い広告(S31.7.14いはらき) 1956年7月14日
- 水戸民衆駅が15日盛大に店開き(S31.7.11いはらき) 1956年7月11日
- 水戸線では事故、鹿島参宮鉄道では人助け(S31.7.5いはらき) 1956年7月5日
- 北海道の士幌線で衝突事故(S31.7.4いはらき) 1956年7月4日
- 行楽シーズンを前に大忙し(S31.7.3いはらき) 1956年7月3日
- 横浜駅名店街が近くオープン!(S31.3.29神奈川新聞) 1956年3月29日
- 鶴見の踏切で上下線の列車の間で立ちつくし重軽傷(S31.3.24神奈川新聞) 1956年3月24日
- 横浜市電井土ヶ谷線が近く開業(S31.3.18神奈川新聞) 1956年3月18日
- ケーブルカーブーム(S31.3.14神奈川新聞) 1956年3月14日
- 川崎民衆駅実現へ(S31.3.10神奈川新聞) 1956年3月10日
- 東横線綱島駅で火災訓練(S31.3.9神奈川新聞) 1956年3月9日
- 「ポッポ屋」なんてやめてくれ(S31.2.9神奈川新聞) 1956年2月9日
- 長距離の禁煙はつらい(S31.2.4神奈川新聞) 1956年2月4日
- すまし顔した「東横線人種」(S31.2.3神奈川新聞) 1956年2月3日
- 桜木町駅が生まれ変わる(S31.2.2神奈川新聞) 1956年2月2日
- 湘南電車の中の人々(S31.2.1神奈川新聞) 1956年2月1日
- 湘南電車の朝のラッシュは運試し(S31.1.31神奈川新聞) 1956年1月31日
- 横須賀線の二等客は日本一(S31.1.29神奈川新聞) 1956年1月29日
- 貨物線と間違えそうな鶴見線(S31.1.28神奈川新聞) 1956年1月28日
- 古戦場を走る江ノ電(S31.1.27神奈川新聞) 1956年1月27日
- 昭和31年の小田急(S31.1.26神奈川新聞) 1956年1月26日
- 南極観測隊員が北海道で訓練のため急行「みちのく」で出発(S31.1.22朝日) 1956年1月22日
- 大雪で見通しがきかず椎名町の西武線踏切で事故(S31.1.22朝日) 1956年1月22日
- 京浜急行は「ソウナン電車」(S31.1.21神奈川新聞) 1956年1月21日
- 横浜線はタクワンの香り(S31.1.20神奈川新聞) 1956年1月20日
- 箱根登山鉄道は「人生の終電車」?(S31.1.18神奈川新聞) 1956年1月18日
- 国鉄経営改善のために値上げ(S31.1.13神奈川新聞) 1956年1月13日
- 鶴見で京急とバスが衝突(S31.1.9神奈川新聞) 1956年1月9日
- 厚木にない厚木駅(S31.1.8神奈川新聞) 1956年1月8日
- 横浜市と鎌倉市にまたがる大船駅(S31.1.5神奈川新聞) 1956年1月5日
- 箱根の山はケーブルラッシュ(S31.1.1神奈川新聞) 1956年1月1日
- 洞爺丸の総裁勧告は不要(S30.7.16大阪新聞) 1955年7月16日
- 紫雲丸を引き上げたり稚内駅で腐乱死体が発見されたり(S30.6.19大阪新聞) 1955年6月19日
- 空飛ぶ電車「モノレール」来春お目見え(S30.6.1読売下町版) 1955年6月1日
- 東武練馬は「酒保の街」(S30.6.1読売下町版) 1955年6月1日
- 東京拘置所の玄関口・小菅駅(S30.5.30読売下町版) 1955年5月30日
- 都立家政駅では孤児院の少年たちが踏切番(S30.5.25読売下町版) 1955年5月25日
- 新京成線が松戸まで開通(S30.4.21読売千葉版) 1955年4月21日
- 新京成線で試運転(S30.4.18読売千葉版) 1955年4月18日
- 成田線の野菜行商列車に同乗(S30.3.23読売千葉版) 1955年3月23日
- 新京成が松戸までいよいよ開通(S30.3.21読売千葉版) 1955年3月21日
- 信越線横川〜松井田間で準急列車とバスが衝突(S30.2.7福井新聞) 1955年2月7日
- 京成津田沼車庫で電車火災(S30.2.3読売千葉版) 1955年2月3日
- 新京成線の初富〜松戸の工事急ぐ(S30.1.30読売千葉版) 1955年1月30日
- 千葉気動車区が店開き(S30.1.20読売千葉版) 1955年1月20日
- 京成千葉駅の移転問題が解決(S29.12.23千葉新聞) 1954年12月23日
- 房総西線で崖崩れ(S29.12.10千葉新聞) 1954年12月10日
- 京成千葉駅の移転問題は解決へ(S29.12.3千葉新聞) 1954年12月3日
- 公労協の実力行使で新鶴見操車場は滞貨の山(S29.11.19読売神奈川版) 1954年11月19日
- 千葉・弥生小学校の近くに踏切警報機ができたはいいが…(S28.11.18千葉新聞) 1954年11月18日
- 千葉鉄道管理局のディーゼルカーに二等車お目見え(S29.11.15千葉新聞) 1954年11月15日
- 房総一周運転を復活(S29.11.13千葉新聞) 1954年11月13日
- 千葉駅で松戸駅でヤミ米押収(S29.11.10千葉新聞) 1954年11月10日
- 常春の房州に臨時列車増発(S29.11.10千葉新聞) 1954年11月10日
- 鉄道会館に各県の物産あっせんショールーム(S29.11.3読売下町版) 1954年11月3日
- 電車内でカツギ屋を検挙する東葛署員に同行取材(S29.11.2読売千葉版) 1954年11月2日
- 深夜の千葉駅からねぐらへ帰る機関車(S29.10.30千葉新聞) 1954年10月30日
- 新型電車計画あり、千葉駅で寝る浮浪者あり(S29.10.29千葉新聞) 1954年10月29日
- 国鉄が不便なので東京〜銚子に急行バスを!(S29.10.19千葉新聞) 1954年10月19日
- 交通事故は増加の一途(S29.10.18千葉新聞) 1954年10月18日
- 千葉局ダイヤ改正しても尽きぬ不満(S29.10.16千葉新聞) 1954年10月16日
- 評判の悪かった千葉局の新ダイヤ(S29.10.14読売千葉版) 1954年10月14日
- 千葉市長の次の課題は駅の移転問題(S29.10.8千葉新聞) 1954年10月8日
- 千葉駅でヤミ米100俵押収(S29.10.7千葉新聞) 1954年10月7日
- 東金線に福俵駅開業(S29.10.3千葉新聞) 1954年10月3日
- 千葉鉄道管理局ダイヤ改正(S29.9.26千葉新聞) 1954年9月26日
- 木更津駅の水は飲めない(S29.9.23千葉新聞) 1954年9月23日
- 東京から銚子電鉄乗り入れの自然科学列車(S29.9.18千葉新聞) 1954年9月18日
- 常磐線で列車妨害(S29.9.16読売千葉版) 1954年9月16日
- 木原線のレールバス試運転(S29.9.14千葉新聞) 1954年9月14日
- 新京成線鎌ヶ谷大仏〜松戸の工事進む(S29.9.10読売千葉版) 1954年9月10日
- 西川口駅が誕生(S29.9.1読売埼玉版) 1954年9月1日
- 中央線急行電車が10月から9両に(S29.6.4読売下町版) 1954年6月4日
- 9階建ての国鉄労働会館(S29.5.26アサヒグラフ) 1954年5月26日
- 千葉市の戦災復興が進まないのは国鉄と京成の駅のせい(S29.5.6読売千葉版) 1954年5月6日
- 私鉄スト打開の局面(S29.4.30大阪新聞) 1954年4月30日
- 横浜港桟橋に処女列車(S29.3.28読売神奈川版) 1954年3月28日
- 楽しい国鉄ローカル線(S29.3.3アサヒグラフ) 1954年3月3日
- 神田駅前のマーケットが立ち退かないので山手線と京浜東北線の分離ができません(S29.3.3読売下町版) 1954年3月3日
- クリーム色とブリューの夏向きな色調の10系気動車がお目見え(S29.1.17読売千葉版) 1954年1月17日
- 千葉にはびこる列車のスリ(S28.11.21読売千葉版) 1953年11月21日
- EF58ロイヤルエンジンは6300万円ナリ(S28.7.9読売) 1953年7月9日
- 桜木町事件の助役は贖罪のニコヨン暮らし(S28.6.25読売) 1953年6月25日
- 秩父鉄道の線路工夫が運転士になれなかった恨みから列車妨害(S28.6.25読売) 1953年6月25日
- 常磐線乗り入れで変わる神田駅周辺のマーケット(S28.6.20読売) 1953年6月20日
- 京成2題:新京成松戸延長と特急「開運」(S28.5.21読売) 1953年5月21日
- 急行「北陸」の車内でコンロを使ってたら客車が全焼(S28.4.15読売埼玉版) 1953年4月15日
- 品川駅の新駅舎が完成(S28.4.14読売下町版) 1953年4月14日
- 舞鶴から横浜まで中共からの帰還列車同乗記(S28.3.28読売神奈川版) 1953年3月28日
- ディーゼル電気車を新年度には300台(S28.3.11読売埼玉版) 1953年3月11日
- 東武の時速百廿キロのロマンス・カー(S28.3.10読売埼玉版) 1953年3月10日
- 線路工夫の歌を作曲(S28.2.26読売) 1953年2月26日
- 千葉〜勝浦にいよいよディーゼルカー(S28.1.27読売千葉版) 1953年1月27日
- 猛吹雪で列車大混乱(S28.1.15西日本新聞) 1953年1月15日
- 芝高輪の京浜国道で都電が4重衝突に巻き込まれる(S28.1.11読売) 1953年1月11日
- 担ぎ屋同乗記(S27.11.30読売埼玉版) 1952年11月30日
- 桜木町駅に人柱が立ったり横浜市電が脱線したり(S27.11.30読売) 1952年11月30日
- ヘルシンキオリンピックで活躍した選手が盛岡へ行くために急行「みちのく」で上野駅を出発(S27.10.11岩手日報) 1952年10月11日
- 千葉駅にディーゼル電気機関車?(S27.8.27読売新聞) 1952年8月27日
- 京成は2路線を延長し房総進出の足がかりに(S27.8.23千葉新聞) 1952年8月21日
- 千葉〜木更津〜横田でディーゼル電気車の試運転(S27.8.21千葉新聞) 1952年8月21日
- 船橋〜行徳〜中央区〜有楽町に電車を!(S27.8.21千葉新聞) 1952年8月21日
- 京成谷津遊園で第1回谷津まつり(S27.7.24千葉新聞) 1952年7月24日
- 八街駅の古い跨線橋を何とかして(S27.7.19千葉新聞) 1952年7月19日
- 新宿〜館山に「しおかぜ」号(S27.7.14千葉新聞) 1952年7月14日
- 千葉駅裏の「遅刻踏切」(昭和27年7月3日千葉新聞) 1952年7月3日
- 夏の房総方面の臨時列車(S27.7.3千葉新聞) 1952年7月3日
- 京成千葉駅前は「ゴテゴテ・ストリート」(S27.7.2千葉新聞) 1952年7月2日
- 千葉県内の観光バス事情(S27.6.28千葉新聞) 1952年6月28日
- 本千葉駅の移転問題(S27.6.22千葉新聞) 1952年6月22日
- 北小金駅の階段はグラグラに腐食(S27.6.20読売) 1952年6月20日
- 鎌取駅開業祝賀広告(S27.6.15千葉新聞) 1952年6月15日
- 国労は千葉駅で座り込み闘争(S27.6.10千葉新聞) 1952年6月10日
- 東京にトロリーバスがいよいよお目見え(S27.5.19毎日) 1952年5月19日
- 東武越生線の電車とジョンソン基地の米兵のジープが衝突(S27.5.13毎日) 1952年5月13日
- 津田沼電車区で電車設備の向上(S27.5.6千葉新聞) 1952年5月6日
- 別子鉱業ビルが新橋に新橋に移転落成!(S26.10.13日本海新聞) 1951年10月13日
- 有楽町駅が見ちがえるようになります(S26.5.17毎日) 1951年5月17日
- 殺人池袋駅!(S26.1.29読売) 1951年1月29日
- 走る変電所(S25.4.1神奈川新聞) 1950年4月1日
- 大宮に「汽車の街」(S25.1.19日本海新聞) 1950年1月19日
- フィリピン向け輸出客車(S24.11.23日本海) 1949年11月23日
- サンフランシスコ・シールズが「へいわ」に乗って関西へ(S24.10.21日本海新聞) 1949年10月21日
- 日本海新聞でも一面で報じられる下山事件(S24.7.7日本海新聞) 1949年7月7日
- 千葉駅の移転計画・成田線にガソリンカー増発(S24.5.21千葉新聞) 1949年5月21日
- 8月のダイヤ改正で汽車が速くなります!(S24.3.27千葉新聞) 1949年3月27日
- 国鉄は赤字というが千葉局は黒字(S24.3.12千葉新聞) 1949年3月12日
- 私鉄各社も花見列車(S9.4.8読売新聞) 1943年4月8日
- 踏切の遮断機を下げ忘れてバスが列車と衝突(S10.12.26読売) 1936年12月26日
- 渋谷〜中目黒〜世田谷に市営・玉川・東横の各バスが競願(S11.9.23読売) 1936年9月23日
- 新宿から日本ラインへ臨時列車(S11.9.23読売) 1936年9月23日
- 東京市電が通勤パスを開始(S11.9.23読売) 1936年9月23日
- 秋の行楽は三割引き列車で!(S11.9.19読売) 1936年9月19日
- 秋の味覚は新宿駅から(S11.9.19読売) 1936年9月19日
- 小海線で数万匹のムカデが列車を阻む(S11.9.16読売) 1936年9月16日
- 東京〜下関間に下関間に列車電話(S11.9.9読売) 1936年9月9日
- 探勝列車で甲州路へ!(S11.9.5読売) 1936年9月5日
- 新旧の国鉄機関車(S11.9.4読売) 1936年9月4日
- 上野駅の両替所であわや殺人(S11.8.27読売) 1936年8月27日
- 冷房食堂車が東京〜名古屋で試運転(S11.8.12読売) 1936年8月12日
- 京浜電車とバスが衝突(S11.8.7読売) 1936年8月7日
- チンチン電車が生まれて四半世紀(S11.7.29読売) 1936年7月29日
- 犬や猫を鉄道で連れて行く料金(S11.7.23読売) 1936年7月23日
- 省電の切符が地図式に(S11.6.27読売) 1936年6月27日
- 牛込で東京市電が衝突(S11.6.24読売) 1936年6月24日
- ベルリンオリンピック選手団が特別列車で東京駅を出発(S11.6.20読売) 1936年6月20日
- 新宿駅で粋な伝言サービス(S11.6.18読売) 1936年6月18日
- 電車が衝突する時に備えてどんな用心を?(S11.6.4読売) 1936年6月4日
- 山手線と京浜線が衝突し木造車が大破(S11.6.3読売) 1936年6月3日
- ベルリンオリンピックに向け東京駅を出発(S11.6.2読売) 1936年6月2日
- 文部省「小学生の伊勢詣は鉄道運賃無料にして」(S11.5.26読売) 1936年5月26日
- 目蒲電車で衝突事故(S11.5.13読売) 1936年5月13日
- 流線型EF55で「燕」が東京〜沼津を2分短縮(S11.5.12読売) 1936年5月12日
- 鉄道省電気局長惨殺される(S11.5.10読売) 1936年5月10日
- 怒られた女中が子供2人を道連れに東横電車に飛び込み(S11.4.30読売) 1936年4月30日
- 列車惨事を防ぐコード式制御器(S11.4.29読売) 1936年4月29日
- 中目黒駅ギャング事件解決(S11.4.28読売) 1936年4月28日
- 中目黒駅で駅員に強盗(S11.4.27読売) 1936年4月27日
- 観光祭の華・花電車(S11.4.20読売) 1936年4月20日
- 鉄道と郵便の小包の小包料金の違い(S11.4.7読売) 1936年4月7日
- 知って置くと便利な私鉄の割引料金(S11.4.3読売) 1936年4月3日
- 省線電車は乗り換えると安くなる(S11.5.3読売) 1936年4月3日
- なぜ東京市電は赤字なのか(S11.4.1読売) 1936年4月1日
- 銚子の男が両国駅で自殺騒ぎ(S11.3.30読売) 1936年3月30日
- 2.26事件で戒厳司令部に派遣されていた佐倉・甲府の部隊が汽車で帰る(S11.3.17読売) 1936年3月17日
- 近く流線型列車が日本にも!(S11.3.6読売) 1936年3月6日
- 事故のため特急が品川と新橋に臨時停車(S11.2.29新橋) 1936年2月29日
- 東京市電の車内にお化粧用の鏡(S11.2.25読売) 1936年2月25日
- 梅のシーズンの臨時列車(S11.2.22読売) 1936年2月22日
- 池袋駅の東西を連絡するトンネルは異臭に悩む(S11.2.19読売) 1936年2月19日
- 馬場先門で馬場先門で少年が市電に轢殺される悲劇(S11.2.15読売) 1936年2月15日
- 帝都に54年ぶりの大雪で交通杜絶(S11.2.6読売) 1936年2月6日
- 大雪で東京市電もストップ(S11.2.6読売) 1936年2月6日
- 草軽電鉄が谷に転落し16名死傷(S11.1.29読売) 1936年1月29日
- 大雪で省電も立ち往生(S11.1.26読売) 1936年1月26日
- 朝の朝の愛宕町で市電と市バスが衝突(S11.1.8読売) 1936年1月8日
- 信越地方の雪が客車の屋根に乗って上野駅へ(S11.1.7読売) 1936年1月7日
- 寝台車内で美人が謎の服毒(S10.12.29読売) 1935年12月29日
- 鉄道省ではスキー列車増発(S10.12.12読売) 1935年12月12日
- 鉄道省職員の子が一人で省電に乗って市ヶ谷へ(S10.12.12読売) 1935年12月12日
- ラヂオドラマ「洮南発夜行列車」(S10.11.18読売) 1935年11月18日
- 深川で市電とトラックが衝突(S10.11.8読売) 1935年11月8日
- 新婚列車に花嫁100組(S10.11.4読売) 1935年11月4日
- 花嫁インフレデーで新婚列車も増結(S10.11.3読売) 1935年11月3日
- 豪雨で磐越東線が大惨事(S10.10.28読売) 1935年10月28日
- 豪雨で「燕」も地下鉄もだめに(S10.10.27読売) 1935年10月27日
- 帝都の名所・江戸橋大跨線橋(S10.10.10読売) 1935年10月10日
- 満員電車から早く乗り降りする方法(S10.10.9読売) 1935年10月9日
- 横浜港へ行く国際列車の賑わい(S10.8.23読売) 1935年8月23日
- 大阪の鉄道疑獄が本省にも飛び火(S10.7.14読売) 1935年7月14日
- 静岡で大地震(S10.7.12読売) 1935年7月12日
- 鉄道省が空の新商売(S10.6.26読売) 1935年6月26日
- 駅スタンプ集めに狂った少年が4日も失踪(S10.6.15読売) 1935年6月15日
- 全国鉄道局長会議で予算割り当て(S10.6.4読売) 1935年6月4日
- キハ07で東京〜大阪を6時間半で結ぶ試運転(S10.5.30読売) 1935年5月30日
- 関門トンネルの予定地を鉄道大臣が実地検分(S10.5.8読売) 1935年5月8日
- 鉄道大臣の次男は東京帝大を出て日銀に就職したが…(S10.4.30読売) 1935年4月30日
- 省電の改良工事いよいよ着手(S10.4.18読売) 1935年4月18日
- 玉川電車で桜を見に行きましょう!(S10.4.13読売) 1935年4月13日
- 満州国皇帝奉迎の花電車も(S10.4.5読売) 1935年4月5日
- 満州国皇帝のお召し列車の試験運転(S10.3.31読売) 1935年3月31日
- 満州国皇帝のお召し列車が試運転(S10.3.23読売) 1935年3月23日
- 満州国皇帝のお召し列車の牽引機はEF53 17号機(S10.3.16読売) 1935年3月16日
- 上野駅長や秋葉原駅長は国鉄20万現業者中最高位(S10.2.21読売) 1935年2月21日
- 軌道探傷車の日米特許戦争(S10.2.18読売) 1935年2月18日
- 寝台列車の選び方(S10.2.9読売) 1935年2月9日
- 国鉄工事の入札に不正(S10.2.8読売) 1935年2月8日
- 絢爛の新婚列車(S10.2.4読売) 1935年2月4日
- 雪の帝都で市電が衝突など大混乱(S10.2.4読売) 1935年2月4日
- 客車用の暖房調節器を発明(S10.1.31読売) 1935年1月31日
- 東京市電運転手にボーナス(S9.12.29読売) 1934年12月29日
- 鉄道大臣官邸にお稲荷様建立(S9.12.20読売) 1934年12月20日
- 銀座で市電とトラックが衝突(S9.12.9読売) 1934年12月9日
- 丹那トンネルいよいよ開通!(S9.12.1読売) 1934年12月1日
- 丹那トンネルは開業する・ラッセル車は動き出す(S9.11.30読売) 1934年11月30日
- いよいよ丹那トンネル開通(S9.11.30読売) 1934年11月30日
- 丹那トンネル開通で時刻表の書き換えに大忙し(S9.11.29読売) 1934年11月29日
- 省電の「お煙草ご遠慮ください」と「禁煙」に(S9.11.24読売) 1934年11月24日
- 地上のスピード王・流線型機関車お目見え(S9.11.21読売) 1934年11月21日
- 夜の上野駅で省電が衝突する大惨事(S9.11.16読売) 1934年11月16日
- ベーブ・ルース一行来日で銀座は電車も止まる騒ぎ(S9.11.3読売) 1934年11月3日
- 省電が雨のスパークで停電し徒歩で歩く羽目に(S 9.10.24読売) 1934年10月24日
- 軌道に戻った市電(S9.10.15読売) 1934年10月15日
- 東京市電争議は組合側の惨敗(S9.10.14読売) 1934年10月14日
- 圓太郎バスに市電が衝突(S9.10.13読売) 1934年10月13日
- 東京市電気局に1万人のデモ(S9.10.10読売) 1934年10月10日
- 東京市電争議は各所で検束騒ぎ(S9.10.9読売) 1934年10月9日
- 東京市電・弾圧下の非合法罷業(S9.10.8読売) 1934年10月8日
- 東京市電争議は裏切り者600名が出る(S9.10.8読売) 1934年10月8日
- 東京市電がついに総罷業(S9.10.7読売) 1934年10月7日
- 麻布中学生が鉄道自殺(S9.10.6読売) 1934年10月6日
- 丹那トンネルに汽笛第一声(S9.9.26読売) 1934年9月26日
- 丹那トンネル試運転開始(S9.9.26読売) 1934年9月26日
- 市電争議の強制調停は早くも対立(S9.9.13読売) 1934年9月13日
- 鉄道省は1〜3ヶ月の長期パスを値下げ(S9.8.21) 1934年8月21日
- 木曽川駅の転覆事故で「燕」も8時間遅れ(S9.8.6読売) 1934年8月6日
- 庶民派アピールの鉄道大臣は今度は出札嬢優遇策(S9.8.5読売) 1934年8月5日
- 省線電車の中に捨て子(S9.8.2読売) 1934年8月2日
- 鉄道次官に喜安健二郎など鉄道省人事(S9.8.2読売) 1934年8月2日
- やっと夏が来て臨時列車大賑わい(S9.7.30読売) 1934年7月30日
- 東京駅の鬼警手がモヒ中の箱師を捕縛(S9.7.29読売) 1934年7月29日
- 夏はいつ来る?臨時列車も欠伸(S9.7.27読売) 1934年7月27日
- 芦ノ湖が5尺も減水したのは丹那トンネルのせい?(S9.7.7読売) 1934年7月7日
- 市バス・青バスの小父さんに注文(S9.6.29読売) 1934年6月29日
- 「地下鉄博」開催!(S9.6.29読売) 1934年6月29日
- 列車に無電命令の実験に成功(S9.6.23読売) 1934年6月23日
- 夏の臨時列車のヘッドマーク(S9.6.23読売) 1934年6月23日
- 鉄道大臣が地下鉄に試乗(S9.6.21読売新聞) 1934年6月21日
- 地下鉄が新橋まで開通(S9.6.20読売新聞) 1934年6月20日
- 本誌愛読者旅行団が神都へ出発(S9.6.16読売新聞) 1934年6月16日
- 中央線急行電車であわや追突の大惨事(S9.6.9読売新聞) 1934年6月9日
- 轢死寸前の少年を婦人が救う美談(S9.6.7読売新聞) 1934年6月7日
- 赤城山へは東武電車で!(S9.6.1読売新聞) 1934年6月1日
- 上野駅長の勤続40年記念式典(S9.5.25読売新聞) 1934年5月25日
- 3年後の鉄道省はこうなる(S9.5.10読売新聞) 1934年5月10日
- 上野駅から汽車を後ろ向きに走らせる妙案(S9.5.1読売新聞) 1934年5月1日
- 熱海の桜も見頃なので臨時列車(S9.4.3読売新聞) 1934年4月3日
- 丹那トンネルの中央に記念標(S9.3.11読売) 1934年3月11日
- 貨車が衝突しバラバラに(S9.3.6読売) 1934年3月6日
- 東鉄局の2,000人採用に28,000人が応募(S9.3.5読売) 1934年3月5日
- 貴族院では鉄道新線に関して疑惑糾弾(S9.3.5読売) 1934年3月5日
- 北国の雪を乗せて上野駅に着く列車(S9.1.5読売) 1934年1月5日
- 【変わったお正月】特急「燕」の食堂ガール(S9.1.1読売) 1934年1月1日
- 京成がいよいよ上野に乗り入れ(S8.12.9読売) 1933年12月9日
- 東海道本線山崎駅で貨物列車が大衝突(S8.12.6読売) 1933年12月6日
- 東京駅のステーション・ホテルで罷業発生(S8.11.6読売) 1933年11月6日
- 「強盗慶太」背任横領で留置(S8.10.19読売) 1933年10月19日
- 日本の鉄道に25年を捧げた英国人を表彰(S8.10.12読売) 1933年10月12日
- 非常時の財政切り抜けは増税ではなく鉄道収入で賄っては?(S8.9.21読売) 1933年9月21日
- 中央線の急行電車で初の落下事故(S8.9.20読売) 1933年9月20日
- 新宿駅の新地下道完成(S8.9.16読売) 1933年9月16日
- 中央線に急行運転始まり鉄道大臣も試乗(S8.9.14読売) 1933年9月14日
- 西武鉄道で従業員大会(S8.9.11読売) 1933年9月11日
- 上野駅で京浜線が脱線(S8.9.6読売) 1933年9月6日
- 関東大震災から10年(S8.8.28読売) 1933年8月28日
- 三宅坂で青バスと市電が衝突(S8.7.23読売) 1933年8月23日
- 渋谷駅の工事現場で鉄骨落下事故(S8.7.6読売) 1933年8月6日
- 丹那トンネルが見事貫通(S8.6.20読売) 1933年6月20日
- 丹那トンネルの開通を日本一喜ぶ男(S8.6.19読売) 1933年6月19日
- 鉄道大臣自ら丹那トンネル建設現場を視察(S8.5.30読売) 1933年5月30日
- 私鉄各社の観光案内(S8.5.20読売) 1933年5月20日
- 銀座で市電が大脱線(S8.5.10読売) 1933年5月10日
- なぜ市電のレールは波型に摩滅するのか(S8.4.8読売) 1933年4月8日
- 新宿西口の再開発計画(S8.4.2読売) 1933年3月30日
- 東京市電に中型車お目見え(S8.3.30読売) 1933年3月30日
- 列車食堂のボイが乗客から大金を奪う(S8.3.27読売) 1933年3月27日
- 両国で省電が転覆(S8.3.26読売) 1933年3月26日
- 東武の粕壁駅で電車衝突(S8.3.16読売) 1933年3月16日
- 新東京駅長のあだ名は「古武士」(S8.3.12読売) 1933年3月12日
- 三陸大津波の支援に読売新聞が木炭寄贈(S8.3.12読売) 1933年3月3日
- 赤羽の踏切で遮断器が降りきらずバスが衝突(S8.2.27読売) 1933年2月27日
- 省電とトラックが激突(S8.2.12読売) 1933年2月12日
- 「いくらお言葉は美しくとも腹の底では女性の進出を恐れてゐるのでせう?」(S8.2.6読売) 1933年2月6日
- 総罷業の武蔵野鉄道が4名復職を承認(S8.2.3読売) 1933年2月3日
- 東京駅で無事故の祈り(S8.1.28読売) 1933年1月28日
- 求人戦線が過熱し鉄道省も募集過多(S8.1.26読売) 1933年1月26日
- 鉄道予算の説明で政友会幹部大荒れ(S8.1.18読売) 1933年1月18日
- 東武電車が轢死した少年を放置(S8.1.8読売) 1933年1月8日
- 京成上野駅の工事現場で続け様に土砂運搬用エレベーター惨事(S7.12.29読売) 1932年12月29日
- 鉄道問題で鉄道大臣を議会で紛糾か(S7.12.24読売) 1932年12月24日
- この冬初のスキー列車(S7.12.18読売) 1932年12月18日
- 米シカゴ・ミオール・パシフィック鉄道社長来日(S7.12.11読売) 1932年12月11日
- 私鉄補助費は100万円に削減(S7.12.4読売) 1932年12月4日
- 市電争議再燃で三者会談(S7.11.29読売) 1932年11月29日
- 警視庁は東京市電の組合幹部に政治的解決を望む(S7.11.28読売) 1932年11月28日
- 争議で馘首された東京市電運転手が自殺(S7.11.28読売) 1932年11月28日
- 東京市電争議円満解決(S7.11.10読売) 1932年11月10日
- 東京市電争議に譲歩案(S7.10.25読売) 1932年10月25日
- 東京市電争議は切迫したり、東武は円タクと衝突したり(S7.10.23読売) 1932年10月23日
- 雨か嵐か市電争議(S7.10.23読売) 1932年10月23日
- 東京市電争議険悪化(S7.10.22読売) 1932年10月22日
- 東京市電の罷業で問題がこじれれば憲兵隊出動も(S7.10.21読売) 1932年10月21日
- 改札係とグルになって使用済み切符を転売(S7.9.30読売) 1932年9月30日
- 北満で武勲を上げた部隊が品川駅に帰還(S7.9.25読売) 1932年9月25日
- 京成・京王・王子電軌に鉄相が合同勧告(S7.8.27読売) 1932年8月27日
- 逗子へスマイル電車が出まァーす(S8.7.19読売) 1932年8月17日
- 東京の新しい地下鉄計画(S7.6.29読売) 1932年6月29日
- 省電両国〜御茶ノ水間で運転試験(S7.6.26読売) 1932年6月26日
- 省電内で若い女が青くなって駆け込んできた(S7.5.16読売) 1932年5月17日
- 喜劇王チャップリンの来日に際して鉄道省から送られたパス(S7.5.13読売) 1932年5月13日
- 乗り物に乗る時は前進みにお乗りなさい(S7.5.7読売) 1932年5月7日
- 蒲田駅で貨物列車が脱線(S7.4.28読売) 1932年4月28日
- 地下鉄が三越前まで開通します!(S7.4.27読売) 1932年4月27日
- 東武鉄道で突然全線罷業(S7.4.23読売) 1932年4月23日
- モダン !純国産無軌条電車(S7.4.21読売) 1932年4月21日
- 漫画探訪 始発の客・終発の客(S7.4.14読売) 1932年4月14日
- 花見なら何と言っても東京市営バス(S7.4.11読売) 1932年4月11日
- 新しくなった上野駅にお登りさんキョロキョロ(S7.4.6読売) 1932年4月6日
- 上野駅のお引越し(S7.4.5読売) 1932年4月5日
- モダンな上野駅が落成式(s7-4-3読売) 1932年4月3日
- 新装なれる上野駅(S7.3.30読売) 1932年3月30日
- 鉄道ロマンス…?(S7.3.29読売) 1932年3月29日
- 三里塚の桜は京成電車で!(S7.3.26読売) 1932年3月26日
- 地下鉄争議は籠城電車をウインチで引き上げる構え(S7.3.24読売) 1932年3月24日
- 地下鉄争議に警官隊も待機中(S7.3.22読売) 1932年3月22日
- 地下鉄でも地下鉄でも総罷業(S7.3.21読売) 1932年3月21日
- 電車の中の時間を有効に使えば博士にだってなれる!(S7.3.19読売) 1932年3月19日
- 中山大競馬の近道は京成電車で!(S7.3.19読売) 1932年3月19日
- 横浜市電の争議は円満解決(S7.3.15読売) 1932年3月15日
- 横浜市電で総罷業(S7.3.14読売) 1932年3月14日
- 高田馬場で大惨事(S7.3.5読売) 1932年3月5日
- 北満で活躍した衛生部隊が汽車で凱旋(S7.2.27読売) 1932年2月27日
- 越谷梅林や新月ヶ瀬梅林は東武電車で!(S7.2.21読売) 1932年2月21日
- 久地梅林は玉川電車で!(S7.2.20読売) 1932年2月20日
- 珍しや国鉄の収入増加す(見出し原文ママ)(S7.2.18読売) 1932年2月18日
- 恵方の節分は温かい東武電車で!(S7.2.3読売) 1932年2月3日
- 子供の投石で列車が破損(S7.1.24読売) 1932年1月24日
- 江木元鉄道大臣を恨み女中が自殺(S7.1.24読売) 1932年1月24日
- 千駄木で市電が脱線し店に乱入(S7.1.18読売) 1932年1月18日
- 本当は怖い電車の鉄くず(S7.1.17読売) 1932年1月17日
- 初のスキー列車は満員(S7.1.17読売) 1932年1月17日
- 東京市電の広尾・目黒の各車庫では罷業(S7.1.14読売) 1932年1月14日
- 東京市電の総罷業が解決(S7.1.14読売) 1932年1月14日
- 小田急や京王の広告(S7.1.9読売) 1932年1月9日
- 新年の御旅行は鎌倉・江ノ島へ!(S7.1.9読売) 1932年1月9日
- とても便利ですてきに安いモダーンな京成電車で初詣へ!(S7.1.8読売) 1932年1月8日
- 海洋少年団が横須賀線で横須賀に集合(S6.12.27東京朝日) 1931年12月27日
- 鉄道省ではもう米を運べません(S6.12.16東京朝日) 1931年12月16日
- 鉄道大臣が特急の切符の予約を忘れ…(S6.11.10東京朝日) 1931年11月10日
- 上野駅近く完成(S6.10.27東京朝日) 1931年10月27日
- 北千住駅で貨物列車が脱線し東武鉄道が支障(S6.10.24東京朝日) 1931年10月24日
- 京橋で地下鉄の鉄柱が水道管を打ち抜いて洪水に(S6.10.20東京朝日) 1931年10月20日
- 準急行列車が間違って大船駅を通過(S6.10.2東京朝日) 1931年10月2日
- 新しい原鉄道大臣は「大きな赤ん坊」(S6.9.12東京朝日) 1931年9月12日
- 省庁廃合問題を風刺した漫画(S6.9.11東京朝日) 1931年9月11日
- ロシア鉄道技術の日本化に成功(S6.9.10東京朝日) 1931年9月10日
- 時代の敗者路面電車(S6.9.5東京朝日) 1931年9月5日
- 東洋一の清水トンネルに客は総立ち(S6.9.2東京朝日) 1931年9月2日
- 上越線の初列車が上野駅を出発(S6.9.1東京朝日) 1931年9月1日
- 全通する上越線の時刻表(S6.8.30東京朝日) 1931年8月30日
- 急行列車の車内で急病人発生し車掌の機転で急停車(S6.8.29東京朝日) 1931年8月29日
- 客車の叩き売り(S6.8.13東京朝日) 1931年8月13日
- 東武電車が轢いた少年にコモをかぶせてさっさと出発(S6.8.5東京朝日) 1931年8月5日
- 西武電車が転覆し川越中学の野球選手ら重軽傷(S6.8.5東京朝日) 1931年8月5日
- 世界一周航空競争の凱旋電車(S6.7.16東京朝日) 1931年7月16日
- 鉄道省大整理断行(S6.7.1東京朝日) 1931年7月1日
- 東京市電の騒音調査(S6.6.30東京朝日) 1931年6月30日
- 丹那トンネル開通の見込み立つ他(S6.6.7東京朝日) 1931年6月7日
- 減俸するよりダラ幹を葬れ!(S6.5.27東京朝日) 1931年5月27日
- 鉄道省はさながら争議団本部(S6.5.26東京朝日) 1931年5月26日
- ついに全職員が辞表を提出(S6.5.26東京朝日) 1931年5月26日
- 減俸問題は結局妥協へ(S6.5.26東京朝日) 1931年5月26日
- 鉄道省本省や東京鉄道局は大臣不信任を決議(S6.5.24東京朝日) 1931年5月26日
- 減俸問題で国有鉄道は未曾有の危機(S6.5.25東京朝日) 1931年5月25日
- 減俸問題は鉄道省のみならず各省庁で(S6.5.23東京朝日) 1931年5月23日
- 鉄道省の減俸問題で猛烈な反対運動(S6.5.21東京朝日) 1931年5月21日
- 二等寝台車に不穏文字、東京市電にあやめ電車(S6.5.14東京朝日) 1931年5月14日
- 鉄道省大宮工場の技工が病苦から無理心中(S6.5.1東京朝日) 1931年5月1日
- 省電の車内(S6.4.29東京朝日) 1931年4月29日
- 全国の古レールを断然取り替える(S6.4.24東京朝日) 1931年4月24日
- 郊外電車各社が提携して軌間統一の流れ(S6.4.12東京朝日) 1931年4月12日
- 秩父宮殿下がシャム国王御夫婦のお出迎えに東京駅へ(S6.4.6東京朝日) 1931年4月6日
- 三等寝台車は大好評(S6.3.23東京朝日) 1931年3月23日
- ロシア漫画家の東京見物(S6.3.20東京朝日) 1931年3月20日
- 仙石満鉄総裁倒れる(S6.3.20東京朝日) 1931年3月20日
- 臨時列車まで出る「全関東ハゲ大会」(S6.3.20東京朝日) 1931年3月20日
- 行楽日和で各電車大忙し(S6.3.16東京朝日) 1931年3月16日
- 内親王誕生に花電車は動き満都は奉祝ムード(S6.3.14東京朝日) 1931年3月14日
- 内親王御誕生に伴う東京市電の花電車(S6.3.13東京朝日) 1931年3月13日
- 東京駅で生き仏様を盛大にお見送り(S6.3.8東京朝日) 1931年3月8日
- 湘南の住人の「列車クラブ」(S6.2.24東京朝日) 1931年2月24日
- 有楽町駅の「女給電車」(S6.2.21東京朝日) 1931年2月21日
- 「新婚列車」に乗り合わせる(S6.2.17東京朝日) 1931年2月17日
- 大雪で東京市電も立ち往生(S6.2.14東京朝日) 1931年2月14日
- イギリスで小人島の汽車?(S6.2.1東京朝日) 1931年2月1日
- 焼失した鉄道省庁舎が復旧(S6.1.28東京朝日) 1931年1月28日
- 省線電車を千葉まで!(S6.1.27東京朝日) 1931年1月27日
- 画期的な自動車列車(S6.1.21東京朝日) 1931年1月21日
- どうして汽車は曲がり角で脱線転覆するの?(S6.1.18東京朝日) 1931年1月18日
- 無軌道電車が東京にも実現(S6.1.10東京朝日) 1931年1月10日
- 鉄道省の火災は失火と判明(S5.12.29東京朝日) 1930年12月29日
- 鉄道省本庁舎が火災で全焼(S5.12.28東京朝日) 1930年12月28日
- 上野から直江津までスキー列車初運転(S5.12.25東京朝日) 1930年12月25日
- 桃山式の展望車がお目見え(S5.12.19東京朝日) 1930年12月19日
- 三等寝台車完成(S5.12.2東京朝日) 1930年12月2日
- 不良少女が電車に飛び込むのに巻き込まれて警察官が殉職(昭和5年12月23日東京朝日) 1930年10月23日
- 中央線の電化工事がいよいよ完成(昭和5年10月19日東京朝日) 1930年10月19日
- 鉄道記念日は大臣から菜っ葉服まで入り乱れてお祝い(S5.10.15東京朝日) 1930年10月15日
- 東洋一の清水トンネルが完成間近(S5.10.12東京朝日) 1930年10月12日
- 当局への許可もなく東武鉄道が大鉄橋を完成(S5.9.17東京朝日) 1930年9月17日
- 東京で青森で列車衝突続出(S5.9.10東京朝日) 1930年9月10日
- 芝浦臨港鉄道が開業(S5.8.1東京朝日) 1930年8月1日
- 1号機関車が品川駅に帰る(S5.7.13東京朝日) 1930年7月13日
- 鉄道会議が初の会合(S5.7.10東京朝日) 1930年7月10日
- 円太郎バスに運転手の心尽しの百合の花(S5.6.17東京朝日) 1930年6月17日
- 元衆議院議長の長女一家を乗せたタクシーが列車に衝突(S5.5.5東京朝日) 1930年5月5日
- 「白面の殺人鬼」列車で樺太から東京に到着(S5.4.27東京朝日) 1930年4月27日
- 東京市電総罷業は惨敗(S5.4.26東京朝日) 1930年4月26日
- 東京市電が総罷業(S5.4.21東京朝日) 1930年4月21日
- 一番見事だった花電車が焼失(S5.3.25東京朝日) 1930年3月25日
- 復興祭の行進準備(S5.3.22東京朝日) 1930年3月22日
- 散々に汚される東京駅や汽車(S5.3.21東京朝日) 1930年3月21日
- 復興祭に向け花電車を東京市電浜松町工場で製作中(S5.3.15東京朝日) 1930年3月15日
- 復興祭で走らせる東京市電の花電車はこんなデザインです(S5.3.2東京朝日) 1930年3月2日
- 復興祭を記念して東京市電で記念切符(S5.2.16東京朝日) 1930年2月16日
- 住民が目黒蒲田電鉄の値下げ運動(S5.2.6東京朝日) 1930年2月6日
- 軽巡洋艦「北上」の3等機関士が保線区のモーターカーに飛び込んで自殺(S5.2.5東京朝日) 1930年2月5日
- これは妙な鉄道「ゆうれい線」(S5.2.4東京朝日) 1930年2月4日
- 汽車代用の省営バスが品川〜目黒間で試運転(S5.2.2東京朝日) 1930年2月2日
- 東京市電に罷業が発生したら青年団員に運転させようという計画(S5.2.1東京朝日) 1930年2月1日
- 東京駅で省電が脱線(S5.1.31東京朝日) 1930年1月31日
- 上野〜万世橋の地下鉄が31日に開通(S4.12.28読売) 1929年12月28日
- 駅弁のお茶はこんな陶器の瓶で出ていた(S4.12.19東京朝日) 1929年12月19日
- 東京駅裏口が開業(S4.12.16東京朝日) 1929年12月16日
- 東京駅裏口がオープン(S4.12.16読売) 1929年12月16日
- 青山警察署前で市電が脱線の椿事(S4.12.13読売) 1929年12月13日
- 東京市電が大罷業(S4.12.7東京朝日) 1929年12月7日
- 超特急列車の試運転(S4.12.5東京朝日) 1929年12月5日
- この日から「富士」「さくら」のテールマークを取り付け(S4.12.1東京朝日) 1929年12月1日
- 長崎から鮮魚列車がお江戸入り(S4.11.25読売) 1929年11月25日
- 山手急行電鉄本社を捜索(S4.11.25読売) 1929年11月25日
- 東京駅で機関車が脱線(S4.11.14読売) 1929年11月14日
- 台風で鉄道が大混乱し急行券の払い戻し窓口に殺到(S4.10.27東京朝日) 1929年10月27日
- 列車時間切り替えで東京駅でも発車標書き換えに大忙し(S4.9.15読売) 1929年9月15日
- やたらの停電に省電大混乱(S4.8.13読売) 1929年8月13日
- 地下鉄工事現場が豪雨で陥没(S4.8.13読売) 1929年8月13日
- 電車で老人に席を譲らない男(S4.8.12読売) 1929年8月12日
- 省電の有楽町駅に迷い猫(S4.7.22東京朝日) 1929年7月22日
- 大審院のお歴々が機関車に乗り込んでみる(S4.7.8読売) 1929年7月8日
- 飯田町駅から登山臨時列車を増発(S4.7.2読売) 1929年7月2日
- 市電に掴まって乗るブラン君(S4.6.8読売) 1929年6月8日
- 日本一乗客が多いのは新宿駅で1日60,011人(S4.5.11読売) 1929年5月11日
- ぐるぐる回る山手線の「上り」「下り」とは?(S4.4.20読売) 1929年4月20日
- 早い!明るい!モーダン!地下鉄道(S4.4.13読売) 1929年4月13日
- 城東電車で篠崎へ!武蔵野電車で飯能へ!(S4.4.13読売) 1929年4月13日
- 4月から東武日光線が新鹿沼まで開通!(S4.3.26読売) 1929年3月26日
- 安房線全通し両国から等間隔運転へ(S4.3.26読売) 1929年3月26日
- 浦和高校の受験生を乗せた列車(S4.3.18読売) 1929年3月18日
- 川崎駅で貨車転覆(S4.3.4読売) 1929年3月4日
- 汽車ニャンニャン(S4.2.24読売) 1929年2月24日
- 奉祝日に花電車が出動(S3.12.14東京朝日) 1928年12月14日
- 新装なった東京市電の花電車(S3.12.11東京朝日) 1928年12月11日
- 勇ましい雪掻機関車(S3.12.3読売) 1928年12月3日
- 新しく開業する「飯田橋駅」は飯田町駅と紛らわしくて苦情(S3.11.15読売) 1928年11月15日
- 子供向け記事「花電車」(S3.11.11読売) 1928年11月11日
- 飯田町駅から市電線路上に貨車転落(S3.11.10読売) 1928年11月10日
- 御大典で花電車が出たり貨車が墜落したり(S3.11.10東京朝日) 1928年11月10日
- 花電車に賑わう夜の銀座(S3.11.7読売) 1928年11月7日
- 昭和の御大典・お召し列車が六郷橋を通御(S3.11.7東京朝日) 1928年11月7日
- いよいよ東京市電の花電車が完成(S3.11.6東京朝日) 1928年11月6日
- 大阪市電も御大典に向け花電車(S3.11.3東京朝日) 1928年11月3日
- 御大典に向け、装飾を急ぐ花電車(S3.10.31東京朝日) 1928年10月31日
- 御召し列車の安全な運転はもう神に祈るしかない(S3.10.7東京朝日) 1928年10月7日
- 京成線の衝突事故やら御大礼の調度品輸送列車やら盛り沢山(S3.10.6東京朝日) 1928年10月6日
- これが即位の大礼の参列者専用切符(S3.10.4東京朝日) 1928年10月4日
- 御料車を神戸行きの急行に連結して試運転(S3.9.17読売) 1928年9月27日
- 天皇陛下即位の大礼の花電車の図案(S3.9.22東京朝日) 1928年9月22日
- 御大礼の日は東京駅は一般客は入れません(S3.9.17読売) 1928年9月17日
- 代々木で省電が脱線転覆(S3.9.14東京朝日) 1928年9月14日
- 熱海や横須賀へ臨時列車(S3.9.10読売) 1928年9月10日
- 東京市電の少女車掌の試験(S3.8.29読売) 1928年8月29日
- 財界注目の的・高速度日本電鉄(4)(S3.8.14読売) 1928年8月14日
- 財界注目の的・高速度日本電鉄(3)(S3.8.12読売) 1928年8月12日
- 財界注目の的・高速度日本電鉄(2)(S3.8.11読売) 1928年8月11日
- 財界注目の的・高速度日本電鉄(S3.8.10読売) 1928年8月10日
- 池上線の沿線案内(S3.7.14読売) 1928年7月14日
- 純和製の電気機関車(S3.7.9読売) 1928年7月9日
- 五反田駅の池上線ホームは「空中電車」(昭和3年6月15日) 1928年6月15日
- 駅の標準時計がいつになっても「試験中」(S3.6.14東京朝日) 1928年6月14日
- 東京市電でレールの磨滅による脱線相次ぐ(S3.6.5読売) 1928年6月5日
- 田端駅構内で省線電車が脱線転覆(S3.4.25東京朝日) 1928年4月24日
- 東京市電と青バスが衝突(S3.4.21読売) 1928年4月21日
- 労農政党の摘発を受け、小川平吉鉄相は厳しい訓示(S3.4.12東京朝日) 1928年4月12日
- 上野の省線電車駅が完成(S3.4.6東京朝日) 1928年4月6日
- 越ヶ谷山中で停電が発生し東京市電がストップし大混乱(S3.3.21東京朝日) 1928年3月21日
- 東京市電の少年車掌の切符切りの見習い(S3.3.11読売) 1928年3月11日
- 省電に負けじと市電と市バスが路線網を計画(S3.2.28読売) 1928年2月28日
- 東京駅や上野駅が通貨駅になったら駅弁利権はどうなる(S3.2.7読売) 1928年2月7日
- 鉄道大臣が発声映画で物申す(S3.1.31読売) 1928年1月31日
- 中央線の起点は飯田町から新宿に(S3.1.30読売) 1928年1月30日
- 「おほもり」→「おうもり」、「しながは」→「しながわ」(S3.1.29東京朝日) 1928年1月29日
- 上野〜浅草に地下鉄が開通(S2.12.30読売) 1927年12月30日
- 赤羽〜田端が電化したら二等車連結(S2.12.24読売) 1927年12月24日
- 中央線武蔵境駅で電車と貨車が衝突(S2.11.6東京朝日) 1927年11月6日
- 松茸列車(S2.10.9読売) 1927年10月9日
- 「一駅一店主義」に納得できない運送業者が鉄道省で大暴れ(S2.9.10東京朝日) 1927年9月10日
- 日本に初めてできる東洋一の地下鉄道(S2.9.4読売) 1927年9月4日
- 地下鉄なら上野〜浅草がたった2分!(S2.8.27読売) 1927年8月27日
- 【発明教室】汽車の発明は誰か(S2.8.4読売) 1927年8月4日
- 北松本駅で上高地の気象を掲示(S2.7.18読売) 1927年7月19日
- 両国駅が明るく近代的に竣工(S2.7.16読売) 1927年7月16日
- 千葉の鉄道連隊が慌ただしく出動準備(S2.7.10東京朝日) 1927年7月10日
- 東京駅前で東京市電が脱線(S2.6.19東京朝日) 1927年6月19日
- 1列車から2度も自殺(S2.4.25読売) 1927年4月25日
- 急行列車と糞尿を運んだ牛車が衝突(S2.4.21東京朝日) 1927年4月21日
- 岩倉鉄道学校で同盟休校の末に一斉に退学届(S2.3.7読売) 1927年3月7日
- 北陸豪雪続報・墨田川の橋梁架け替え(S2.2.15東京朝日) 1927年2月15日
- 北陸は大雪で秋葉原駅も滞貨の山(S2.2.12東京朝日) 1927年2月12日
- 高円寺で砂利自動車と機関車が衝突(S2.2.1東京朝日) 1927年2月1日
- 大正天皇の御霊柩列車試運転(S2.1.29東京朝日) 1927年1月29日
- 東京駅で屋根にペンキ職人を乗せたまま急行列車が出発(S2.1.23東京朝日) 1927年1月23日
- 大正天皇の霊柩列車の編成表(S2.1.14東京朝日) 1927年1月14日
- 大正天皇の霊柩列車のが中央線で試運転(S2.1.10東京朝日) 1927年1月10日
- 青森では車掌が貨物を抜取り売捌き、板橋では魔の踏切(S元.12.30東京朝日) 1926年12月30日
- 鉄道省大喪委員会の組織決定(S元.12.29東京朝日) 1926年12月29日
- 新帝が葉山からお召し列車で東京駅に到着(昭元.12.28東京朝日) 1926年12月28日
- 大正天皇の御霊柩は原宿駅から二重橋へ(S元.12.27東京朝日市内版) 1926年12月27日