ウンコう日誌(第869号)

大阪ユニオン駅のはずれ、油と石炭の匂いが混ざる側線に、それは据え付けられていた。
黒い車体に煤の層をまといながらも、どこか“余所者”の気配を残す機関車。
天塩炭鉱鉄道から流れてきた、社型C58だった。
「なんやこれ……でっかいな」
「国鉄みたいやけど、ちゃうな……私鉄やて?」
駅員たちがざわつく。
そのとき、煤まみれの運転士がキャブから顔を出した。
「…こっちが大阪ユニオンか」
「せやで。よう来たな」
運転士は軽く頷き、ゆっくりと周囲を見回した。
見えるのは、多国籍の人々、怪しげな荷、雑然としたホーム。
「……ずいぶん、違うな」
ぽつりと呟いたその声は、北の海風をまだまとっていた。
――天塩では、石炭は“誇り”だった。
最新鋭の設備、近代的な炭鉱。
そしてその象徴として導入された社型C58。
私鉄が持つには過剰とも言える性能。
だがそれは、炭鉱が「未来」を信じていた証だった。
しかし時代は変わった。
石炭は捨てられ、炭鉱は閉じ、鉄道は売られた。
その果てに、この機関車は――大阪民国に流れ着いた。
「ほな、使わせてもらうで」
駅の奥から現れたのは、油で光るコートを着た男。
害吉鉄道の社長――自称「鉄道帝」だった。
「お前さん、まだ走れるやろ?」
運転士は無言でボイラーを叩く。
鈍い音が返る。
「……走る。走らせるために来た」
鉄道帝はニヤリと笑う。
「ええやんけ。ここはな、“役に立つもんは全部使う”場所や」
遠くで、外国語が飛び交う。
「काम चाहिन्छ!」
「việc làm đâu?」
「일자리 있어?」
「काम छैन भने 港行くぞ!」
鉄道帝はC58のボイラーを軽く叩いた。
「コンクリ桟橋まで、運べるか?」
「……人をか?」
「せや。世界中から流れてきた労働者や」
一瞬、運転士の目が揺れる。
かつて自分が運んでいたのは、石炭だった。
黒い塊。燃える資源。国を動かすもの。
今、運ぶのは――人間だ。
「……同じや」
運転士は静かに言った。
「どっちも、燃やされるために運ばれる」
鉄道帝は一瞬だけ黙り、すぐに笑った。
「ほな、出発や」
汽笛が鳴る。
――ボォォォォォ……
大阪ユニオン駅に、異質な低音が響いた。
「なんやあの音!?」「でっかいSLや!」
「これ、ほんまに私鉄かいな!?」
C58はゆっくりと動き出す。
その背後には、国籍も言語もバラバラな人々が乗り込んだ貨車。
「ไปไหน?」
「釜ヶ崎や、KAMAGASAKI!」
煙が空に溶ける。
北の炭鉱で“未来”を運んだ機関車は、
南の混沌で“現実”を運び始めた。
その黒い煙は、もう誇りではなかった。
だが――
止まる理由も、もうどこにもなかった。





