ウンコう日誌(第864号)

大阪民国・西成区。
大阪ユニオン駅から南へ伸びる、時代に取り残された私鉄――害吉鉄道。
その線路の上を、今日も一台の奇妙な車両が走っていた。
「木炭動車」である。
エンジンの横には鉄の箱。そこに木炭を入れて燃やし、発生したガスでエンジンを回す。
石油が高い時代の名残りというか、社長の趣味というか、とにかく今も現役で走っている。
その日も、大阪ユニオン駅の片隅。
小さなホームに、くすんだ緑色の木炭動車が止まっていた。
車掌が木炭をシャベルで補充している。
「ほな行くでー。釜ヶ崎行きや」
客たちはすでに乗り込んでいた。
屋根の上にも、なぜか人がいる。
屋根の上の男が叫ぶ。
「오이!자리 없네!屋根 괜찮다!」
隣のベトナム人が笑う。
「Không sao đâu!風 mát mát!」
ネパール人も混ざる。
「ठीक छ ठीक छ!屋根 good good!」
車掌は呆れた顔で言う。
「落ちても知らんで…」
汽笛が鳴る。
ポフッ……ポフッ……ポフッ……
木炭ガス特有の、間の抜けた排気音が響く。
ホームの横で、駅員がぼそっと言う。
「また満員やな」
ベンチに座っていたエチオピア人がつぶやく。
「ኦሳካ crazy city…」
動車はゆっくり走り出す。
大阪ユニオン駅を出ると、すぐに雑居ビルと屋台の間をすり抜けるような線路。
線路の脇では、各国の言葉が飛び交う。
「老板!便当便当!」
「ไก่ย่าง!ไก่ย่าง!」
「बिरयानी!」
木炭動車は、煙を吐きながらのろのろ進む。
屋根の上の男が笑う。
「これ diesel 아니네?」
隣の中国人が答える。
「不是柴油,是炭!」
車内の老人が誇らしげに言う。
「これがな、害吉鉄道の最新技術や」
誰かが笑った。
「最新ちゃうやろ!」
遠くに見えてきたのは、釜ヶ崎の雑多な街並み。
その頃、害吉鉄道本社――芦原橋。
社長は窓から列車を見ていた。
「ふふふ…」
秘書が聞く。
「社長、何を?」
社長は腕を組んだ。
「木炭動車…」
「これで大東亜を制する」
秘書は少し考えた。
「社長」
「はい」
「正気ですか」
社長は胸を張った。
「鉄道帝に不可能はない!」
その頃、木炭動車は釜ヶ崎駅に到着していた。
屋根の上の乗客たちが飛び降りる。
「着いた着いた!」
「काम मिलना चाहिए!」
「仕事あるか?」
駅前の手配師が手を振る。
「日雇いあるでー!」
世界中から流れ着いた労働者たちが、また街へ散っていく。
そして木炭動車は――
また木炭を積んで、
大阪ユニオン駅へ戻っていった。
ポフッ……ポフッ……ポフッ……
害吉鉄道。
世界でいちばん混沌な鉄道だった。





