ウンコう日誌(第848号)

大阪ユニオン駅を出た害吉鉄道の列車は、いつも妙な静けさをまとって走る。
貨車の軋み、線路のうなり、その合間に混じるのが、この蒸気動車107号の低い息づかいだ。

107号は蒸気機関車ではない。
客車でもない。
車体の下に小さなボイラーを抱え込み、自分で蒸気をつくり、自分で走る。
中途半端で、時代遅れで、だからこそ害吉鉄道には似合っていた。

芦原橋を過ぎ、列車は小さな無人駅に止まる。
駅舎と呼ぶのも憚られる、木造の待合小屋。
掲げられた駅名標は色褪せ、「大阪民国鉄道局」の文字だけがやけに誇らしげだ。

107号は、ここで必ず数分止まる。
ダイヤ上の理由ではない。
ボイラーの圧が落ち着くのを待つためでもあるし、乗客がいなくても止まる癖のようなものでもあった。

プラットホームの片隅には、いつも誰かがいる。
仕事を失った日雇い労働者。
コンクリ桟橋に流れ着く前の、行き場のない人間。
あるいは、もうどこにも行かないと決めた老人。

彼らは107号を見て、なぜか安心したように息をつく。
派手なディーゼルカーでも、威張った機関車でもない。
遅く、うるさく、煤だらけで、それでも確実に次の駅まで連れていく。

汽笛は短く、控えめに鳴る。
「まだここにいるぞ」
そんな合図のようだ。

やがて、運転士が前を向き、スロットルを少しだけ開く。
ボイラーが応え、107号は再び動き出す。
青いレールの上を、ぎこちなく、それでも確実に。

害吉鉄道の歴史の中で、107号は名車ではない。
保存される予定も、記念碑になる未来もない。
だが、大阪ユニオン駅と釜ヶ崎、そして名もない途中駅をつなぐ限り、
この蒸気動車は今日も「必要な存在」として走り続ける。

時代に取り残された鉄道には、
時代に置き去りにされた車両がよく似合う。

そして107号は、今日もまた、
誰にも急かされることなく、次の停車場へ向かうのだった。

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