ウンコう日誌(第846号)

木炭動車107号は、今日も大阪ユニオン駅の構内で黒い息を吐いていた。
屋根の上の木炭ガス発生装置は、まるで臓物を外に晒された胃袋のようで、蓋の隙間から甘苦い煙がゆっくりと滲み出している。

この車両はディーゼルにも電気にもなれなかった。
石油は高く、電線は盗まれ、蓄電池はいつも足りない。
だから木炭を焚く。
それだけの理由で、107号は今日も走る。

芦原橋(本社前)を出ると、乗ってくるのは決まって同じ顔ぶれだ。
土埃の匂いをまとった労働者、釜ヶ崎帰りの仲買人、どこの国か分からない男たち。
切符は紙切れ同然、検札は形式だけ。

「오늘도 냄새 쩐다 아이고」
「しゃあないやろ、木炭や。石油ちゃうで」
「炭火や、焼肉思たらええ」

車内では大阪弁に韓国語、中国語が混ざり、意味は通じなくても調子だけは合っている。
107号はそれを全部、振動に変えて線路へ流す。

コンクリ桟橋へ向かう分岐点で、運転士は一瞬だけ手を止める。
木炭の残量を確かめ、圧を見て、そっとノッチを入れる。
この車両は急かすと拗ねる。
火の機嫌を取るのが、運転の半分だ。

駅に着くたび、簡素なホームの上屋の影で、誰かが壁にもたれて待っている。
荷物は少ない。
持っているのは、次の仕事先の名前と、まだ決まっていない寝床だけ。

「ここ釜ヶ崎?」
「せや。降りるか?」
「……まぁ、降りとくわ」

107号は何も言わない。
ただ木炭を燃やし、煙を吐き、人を運ぶ。
時代に取り残されたという自覚すらなく、ただ線路の上を生き延びる。

夜になると、屋根の装置は赤く鈍い光を帯びる。
それは火というより、記憶の残り火だ。

かつてはこれが最新鋭だった。
かつてはこれで十分だった。

今はただ、害吉鉄道の木炭動車として、
大阪民国の底のほうを、ゆっくりと往復する。

誰も誇らないし、誰も惜しまない。
それでも明日も、107号は走る。

木炭が尽きる、その日まで。

Pocket

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です