ウンコう日誌(第845号)

それは、もう日本の鉄道ではなかった。
黒光りするC57の車体には、うっすらと南国の埃が残っている。
石炭の匂いに混じる、甘い湿気と油の匂い。
この機関車は一度、海を渡った。
台湾総督府鉄道で「CK285」と呼ばれていた頃、
彼女は平地を全力で駆け、山では喘ぎ、
砂糖と米と人を積んだ貨車を引いて走った。
赤道に近い太陽の下、ボイラーは常に限界だった。
戦争が終わり、引き揚げ船に載せられたとき、
彼女はすでに“余所者”になっていた。
帰ってきたはずなのに、居場所はない。
国内線区は電化が進み、蒸気は過去のものになりつつあった。
そして、害吉鉄道に流れ着く。
大阪民国の片隅、
大阪ユニオン駅とコンクリ桟橋を結ぶ、
時代に取り残された青いレールの上。
貨物が主で、ついでに人も運ぶ路線。
「台湾帰りやて」
「暑いとこで酷使されとったらしいで」
「C57いうたら名機やのになあ」
現場の作業員は、そう言って彼女を見た。
CK285は、もう快速列車を牽くことはなかった。
客車は短く、貨車は雑多で、
終点のコンクリ桟橋には、行き場を失った労働者が溢れている。
彼らは船を待ち、あるいは戻る場所を探している。
それでも、彼女は走る。
芦原橋の手前で汽笛を一声。
釜ヶ崎支線の分岐を過ぎると、速度を落とす。
蒸気は白く、空に溶ける。
CK285は知っている。
帝国も、栄光も、正しさも、
すべては煙のように消えることを。
残るのは、
レールの上を、決められた方向に進むという事実だけだ。
青いプラスチックのレールの上でも、
彼女は確かに“生きている”。
台湾の太陽を知るC57は、
今日も大阪民国の底で、
重たい息を吐きながら、静かに前へ進む。





