ウンコう日誌(第842号)

蒸気動車107号は、朝の大阪ユニオン駅を、ため息のような汽笛で出ていく。
貨車の陰に隠れるような小さな車体。煙突は短く、煤で黒く縁取られている。機関車のような威圧感はない。だが、ボイラーの中では、今日も最低限の蒸気が、最低限の覚悟で沸いている。
「今日は釜ヶ崎までやな」
運転台で、運転士の金城が独り言を言う。
客は多くない。多くないが、軽くもない。
ホームに立つ人間たちは、皆どこかで荷物を落としてきた顔をしている。日本列島の端っこ、あるいはその途中から、大阪ユニオン駅に流れ着いた人間たちだ。
「兄ちゃん、これ釜ヶ崎まで行くアルか」
「行く行く。座れるかどうかは知らんけどな」
「坐れんでもええヨ。着けばええ」
そんなやり取りが、言葉の国籍をぐちゃぐちゃにしたまま、車内に溜まっていく。
蒸気動車107号は、もともと「つなぎ」だった。
機関車を使うほどでもない、ディーゼルを回すほどの燃料もない、蓄電池を積む余裕もない――そんな区間を、なんとか誤魔化すための存在。
だが、害吉鉄道では「つなぎ」は「本線」になる。
芦原橋(本社前)を過ぎるころ、車内は少し静かになる。
誰かが、窓の外の古い倉庫群を見ながら呟く。
「ここ、昔は仕事あった言うな」
「昔は、な」
返事はそれだけだ。
釜ヶ崎が近づくと、107号はわずかに速度を落とす。
レールの継ぎ目を、ことさら丁寧に踏む。ここで脱線したら、誰も困らないが、誰も助けに来ない。
ホームに滑り込むとき、蒸気が一息、外に漏れる。
それは別れのため息でも、歓迎の白煙でもない。ただの調整だ。
「着いたでー」
「谢啦(シェイラ)」
「고맙다」
「またな」
降りる人間たちは、礼も希望も、ここに置いていく。
空になった車内で、107号はしばらく黙っている。
ボイラーの音だけが、かすかに続く。
この車両にとって、終点は休息ではない。
次の便が、またすぐ来る。
蒸気動車107号は、今日も害吉鉄道の「一番弱い区間」を走る。
弱いからこそ、捨てられず、更新もされず、まだここにいる。
そしてそれで、十分なのだ。





