ウンコう日誌(第836話)

大阪ユニオン駅を発って、線路が急に細くなったあたりで、列車は一度、深く息を吸う。
それが蒸気動車107号だった。
ディーゼルでも電車でもない。
屋根に短い煙突を載せ、腹の奥で湯を沸かしながら、ちょこちょこと走る。
害吉鉄道でも、いちばん時代に取り残された車両だ。
停まったのは、名も怪しい小さなホーム。
待合小屋の板壁には、かすれた文字で「大阪ユニオン行」と書いてある。
蒸気が「ぷしゅ……」と抜ける音と同時に、ドアが開いた。
「아이고、또 서네」
「しゃーないやろ、蒸気やで」
「哎呀,這個車,比牛還慢喔」
大阪弁、朝鮮語、中国語が、低い天井の車内で混ざる。
乗っているのは、釜ヶ崎へ向かう日雇い、コンクリ桟橋から流れてきた連中、そしてどこにも行き先のない者たち。
ホームの小屋の横では、番線係の老人が腕を組んで立っている。
制服は色あせ、帽子の徽章も判別できない。
「오늘도 107이네」
「おっちゃん、今日はえらい煙出とるな」
「蒸気はな、煙出してなんぼや」
老人はそう言って、ホームの赤い目印灯を一度だけ蹴った。
それが合図だった。
「ほな行こか」
「走れるうちに走らな損やで」
運転士がバルブを少し開くと、107号は小さく咳き込み、また動き出す。
スピードは遅い。
だが、止まらない。
背後には、機関車牽引列車やディーゼルカーが控えている。
新しい力強さの影で、蒸気動車は今日も端っこを走る。
それでも、107号には役目がある。
急な坂も、壊れかけのレールも、文句を言わずに越えていく。
「この車、いつまで走るんやろな」
「壊れるまでちゃうか」
「아니, 사람 없을 때까지지」
誰かが笑い、誰かが咳き込む。
煙突から細い黒煙が立ち上り、青い線路の上を、107号はまた進んでいった。
害吉鉄道の奥へ、時間から取り残されたまま。





