ウンコう日誌(第832号)

大阪民国・害吉鉄道の朝は遅い。
それでも、この線区だけは必ず動く。
大阪ユニオン駅から芦原橋(本社前)を経て、釜ヶ崎へ向かう蓄電池動車。石炭も軽油も惜しい時代、電気だけが頼りの、時代に取り残された小さな車両だ。
まだ空が白みきらない時間、簡易ホームには人が集まっている。
背中に荷物を背負った者、寝袋を丸めた者、言葉の通じない者。
「오늘도 이거밖에 안 오나…」
「しゃーないやろ、電気たまるまで待ちや」
「等一下、我还没上!」
車内は混沌としているが、不思議と揉め事は起きない。ここに乗る者は皆、同じ行き先を知っているからだ。
運転台では、運転士がメーターを睨んでいる。
満充電とは程遠い針。
「……まあ、釜ヶ崎まではもつやろ」
発車ベル代わりに、短くホーンが鳴る。
蓄電池動車は、ぎこちない唸り音を立てて動き出す。
窓の外では、コンクリートと瓦礫の隙間から朝日が差し込む。
誰かが笑い、誰かが眠り、誰かが小さく祈る。
「이 전차, 참 오래됐네」
「古いけどな、まだ走るで。人と一緒や」
芦原橋を過ぎる頃、車内の灯りが一瞬だけ揺らぐ。
誰も騒がない。
ここでは、止まらないこと自体が奇跡なのだ。
やがて釜ヶ崎。
ホームに降りる人波を見送りながら、蓄電池動車は静かに息をつく。
また充電され、また走る。
誰に褒められるでもなく、誰に記録されるでもなく。
害吉鉄道の蓄電池動車は、今日もただ、
「運べるだけの人間」を運び続けている。
――そして誰かが、また明日もここに来る。
それだけは、確かだった。





