ウンコう日誌(第829号)

害吉鉄道の大阪ユニオン駅構内で、C53はいつも浮いていた。
同じ蒸気機関車でも、D51や9600のような「いかにも現場」という顔つきではない。流線形のボイラー、長い車体、細身の足回り。もともと幹線急行用として生まれた機関車が、なぜか貨物と人夫と混沌を運ぶ害吉鉄道に流れ着いている。
今日も大阪ユニオン駅の端、煤と油の匂いが混じるホームで、C53は短い編成を牽いて止まっていた。後ろには古い有蓋車と、屋根の上まで人と荷が溢れた雑多な貨車。行き先は芦原橋(本社前)経由、コンクリ桟橋。
運転台では、機関士の梁(リャン)が腕組みをして前方を見ている。
「喂,今日又係你啊,老骨頭。」
助士の金が笑う。
「C53やで。老骨頭言うなや。こいつ、元は急行牽いとったんや。」
「急行?今は人とゴミと夢やろ。」
「せやからええんや。」
発車の合図が鳴る。
C53は一瞬だけ沈黙し、それから低く、しかし上品なドラフト音を響かせて動き出した。青い線路の上を、黒い流線が滑るように進む。
芦原橋(本社前)では、社屋の影から「鉄道帝」本人が姿を現した。
「ほう……C53か。美しいな。」
誰にともなくそう呟き、満足げに頷く。
「この国は雑多だ。だが雑多を束ねるには、美が要る。」
周囲の社員は聞こえないふりをしている。
芦原橋を出ると、車内はさらに騒がしくなる。
「아이고, 이거 사람 너무 많아!」
「冇辦法啦,桟橋行きや。」
「早く着けや,仕事あるねん!」
C53は文句を言わない。ただ一定のリズムで、淡々とピストンを往復させる。
かつては特等車と食堂車を従え、速度と誇りを競った機関車。今は汗と埃と多国籍の罵声を背負い、それでも矜持だけは失っていない。
やがてコンクリ桟橋駅が見えてくる。
海の匂い、錆びた鉄、遠くの汽笛。
ホームには、次の航路を待つ人々が溢れていた。
停車すると、誰かが貨車の屋根から叫ぶ。
「喂!この汽車、なんか速そうやな!」
金が答える。
「速かったんや、昔はな。」
「ほな今は?」
「今は……しぶとい。」
C53は静かに蒸気を吐き、次の出発を待つ。
時代に取り残されたはずの機関車は、今日も害吉鉄道の一員として、大阪民国の混沌をきっちりと運び続けていた。





