ウンコう日誌(第828号)

その蒸気動車は、害吉鉄道の中でもいちばん中途半端な存在だった。
蒸気機関車ほどの力はなく、かといってディーゼルカーのような新しさもない。
石炭を焚き、ボイラーを唸らせながら、単行でちょこちょこと走る――まさに「時代に取り残された」車両だった。
車体番号は107。
大阪ユニオン駅と芦原橋(本社前)を結び、時には支線に入って釜ヶ崎まで足を延ばす。
本来は貨車の入換用に作られたが、「人も乗せられるやろ」という雑な判断で客室窓が付け足され、いつの間にか旅客扱いになった。
今日も朝から、コンクリ桟橋方面から流れ着いた労働者たちを芦原橋で降ろし、折り返しで日本列島各地から来た貧しい若者を釜ヶ崎へ運ぶ運用だ。
ホームに立つと、蒸気動車は低い汽笛を鳴らした。
プゥゥ……というより、ピィ……と弱々しい音。
「おい、今日は元気ないなぁ」
運転台から顔を出した運転士が、機関部を軽く叩く。
「まぁまぁや、これでもな。石탄ケチられとるし」
後ろの小さな客室では、雑多な言葉が混じり合っていた。
「오늘은 가마가사키까지 가는 거 맞지?」
「맞아, 맞아。芦原橋 지나서 바로야」
「兄ちゃん、ここ釜ヶ崎行くんか? ワイ初めてやねん」
「걱정 마라, 다 거기서 시작하는 거다」
蒸気動車はガタゴトと動き出す。
青いプラスチックの線路の上を、黒い煙突から薄く煙を吐きながら進むその姿は、どこか玩具のようで、しかし確かに「鉄道」だった。
芦原橋(本社前)に着くと、害吉鉄道の社屋が見える。
屋上には相変わらず、社長自称「鉄道帝」の胡散臭い横断幕がはためいている。
「大東亜鉄道統一構想、やて」
「また言うとるで、あのオッサン」
乗客たちは笑い、諦め、そして降りていく。
蒸気動車は短い停車のあと、再び走り出す。
釜ヶ崎へ向かう途中、線路沿いには古い倉庫と、使われなくなった側線が続く。
ここではディーゼルカーも、機関車牽引列車も来ない。
この蒸気動車だけが、細々と人を運ぶ。
夕方、釜ヶ崎駅に着く頃には、煙突はすっかり煤まみれだ。
「오늘도 수고했네」
「ワイらもな」
最後の乗客が降りると、蒸気動車107は小さく汽笛を鳴らした。
誰に向けたとも分からない合図だった。
それでも翌朝になれば、また石炭を焚き、ボイラーを温め、
大阪ユニオン駅から走り出す。
時代に取り残されても、
この蒸気動車は、今日も害吉鉄道の片隅で、確かに生きている。





