ウンコう日誌(第812号)

害吉鉄道・大阪ユニオン駅の下層ホーム――
ディーゼルも電化も置いてけぼりのこの世界では、木炭を焚いて走る“木炭動車”がまだ現役だった。
緑色の車体に「107」の番号。屋根の上には年代物の機器が並び、車端には煤まみれの缶形のガス発生炉。
今日も大阪ユニオン駅の空気は、大阪クレオールと木炭の匂いで満ちていた。
木炭動車107号は、労働者の街・釜ヶ崎へ向かう。
大阪ユニオンに着いた列島各地の貧しい出稼ぎ労働者を、真っ先に釜ヶ崎へ運ぶための「お迎え列車」だ。
ホーム端には小さな停留所風の小屋があり、旅人なのか地元の労働者なのか分からない男が壁にもたれて立っていた。
彼は煙草をくわえたまま、107号をぼんやり見つめている。
(ここから大阪クレオール)
「オイ、107号また木炭くさい네ぇ……今日도 잘 달릴까なぁ?」
「知らんわ。昨日なんか途中で止まって、押してんやで、客が。ミャンマー 아저씨 らが ‘ヘイッ!ヘイッ!’ 言うてな。」
107号の運転士――通称「帝国の木炭王」ハルハチは車体の横で木炭を追加しながら、怒鳴るように言う。
「押ささんでええように木炭もっと持ってこいゆうてるやろ!なぁ!!今日は釜ヶ崎直行편やで、満員や満員!」
後ろには、荷物を背負った労働者たちが列を成していた。
ベトナム語、ミャンマー語、タガログ、関西弁が入り乱れ、まさに大阪民国の縮図。
「ハルハチ兄ちゃん、오늘도アツいなぁ。」
「アツいんはこの車両や!木炭ボイラー가 오늘도ヤバいねん!」
汽笛代わりの古いベルがチリンと鳴り、木炭動車107号は黒煙を残しながら動き出す。
ガタン……ガタタン……
まるで悲鳴のような音を立てつつ、しかし確かに前へ進む。
乗客の一人、ルソン島から来た青年がつぶやく。
「大阪……こわいとこかと思ったけど、なんかええなぁ……chaotic だけど、살만하다わ。」
隣のミャンマー人が笑いながら答える。
「ここはアジアのラゴスやでぇ、兄ちゃん。하하하!釜ヶ崎ついたら、もっとカオスなるで!」
車掌が車内で叫ぶ。
「次、芦原橋(本社前)!本社前やでー!乗り過ごさんといてやー!」
木炭の匂い、油の匂い、人々の言葉。
世界中から混沌が流れ着くコンクリ桟橋へ向かう列車たちとは別に、107号は今日も地に足つけて釜ヶ崎へ走る。
時代から取り残されても、木炭動車はまだ生きている。
この街の混沌と、労働者たちの息遣いを乗せて。





