ウンコう日誌(第810号)

蓄電池動車107号は、朝の大阪ユニオン駅で静かに目を開けた。屋根の上には煤が積もり、車体の緑色はくすんでいる。それでも107号は今日も仕事に向かうつもりらしい。

車掌がドア横を叩く。

「ヨッシャ107! 오늘도 아시와라前〜カマ사키直行やでぇ。バッテ리 まだ 살아있나? 落ちたら困んでホンマ。」

整備の兄ちゃんが顔を出す。

「昨夜な、베트남 아저씨ら가 ‘손でグルグル充電機’ 돌리면서 밤새 충전했잖아。‘팔 죽겠다’言いながらも ‘チップくれたらもっと 돌린다よ〜’ 言うてな、めっちゃ回してくれたで。」

「おおきにおおきに。ほんま異国パワーなかったらウチ走れんで。」

107号は軽くライトを瞬かせて答える。

発車すると、芦原橋(本社前)が近づいてくる。社長室の窓がガラッと開いて、例の男が叫ぶ。

「107号ォォォ! 大東亜 大鉄路帝国の根幹はお前の車輪にありィ!
わしは 鉄道帝やぁ! 세계統一… いや、まず西成統一からじゃ!!」

駅員が小声で愚痴をこぼす。

「사장님 또 시작や…。아침부터 헛소리 날리노…。
まず 사무실 청소부터 하라카이。」

そんな混沌を背に、107号は釜ヶ崎へ向かう。
沿線にはいろんな匂いが漂う。串焼きの煙、台湾麺線の香り、カンボジア屋台の魚醤の匂い、どこかで燃える木炭――全部が駅ごとに混ざり合い、アジアのスパイスみたいに広がる。

釜ヶ崎駅に着くと、客がどっと降りていく。

日雇いの兄ちゃんが手を振る。

「아리ガ또~107! 今日も申込みセンター行ってくるわ。
ほなまた帰りも頼むで。逃げんといてや〜?」

中国系のおばちゃんもぽんぽんと車体を叩く。

「哎呀 小綠車(シャオリューチャ=小さい緑の車),
今天도 辛苦了喔〜。下次來時 叫我一下啦。
煎餅 하나 서비스 해줄게〜。」

ラオスの青年も笑いながら言う。

「정지するとき ‘쾅っ’ てなるやんか。
オレ 心臓びっくりするで。
次は ‘부드러워요〜’ なブレーキお願い할게。」

労働者たちが散っていくと、107号の客室は空っぽになり、駅は一瞬だけ静かになる。

今日もいろんな国の言葉が混じり、今日もいろんな人生が乗っていた。
夕方にはまた別の人間が乗り、別の匂いが運ばれ、別の運命を抱えたまま降りていく。

107号はそれを淡々と受け止め、また走り出す。
大阪民国の混沌を揺らしながら、緑の小さな電池っ子は今日も働き続けるのだった。

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