ウンコう日誌(第808号)

大阪民国の朝は、煙と怒号と、どこから流れてくるのか分からない謎の音楽で始まる。

蒸気動車107号は、今朝も煤を撒き散らしながらホームに滑り込んだ。

駅名標には「大阪ユニオン駅 豊里口」。

屋根は剥げ、ランプは緑色カビで覆われ、階段には誰かが食べた謎の赤い豆菓子が散乱している。

時代に取り残された鉄道——それが害吉鉄道だった。

車掌が顔だけ出す。

彼は今日も、蒸気の熱で赤く火照った頬をしていた。

「야아〜 セキュ리티・チェック、노노やでー! 乗るんやったらはよ乗りや〜!」

豊里口のホームに立つ客は一人。

腰に手を当てた労働者風の男で、どこかの国のどこかの港から流れてきたまま、定住の気配がない。

彼は蒸気動車を見ると、フンッと鼻で笑った。

「アニ、これマジで走るんけ? 古すぎて死ぬんちゃう?」

「死んでも知らんで〜。ここ害吉やし〜。」

そんな雑な言葉を交わしながら、男はホームに転がっていた白い提灯を拾い、

蒸気動車の側面に雑に引っ掛けた。

「カッコええやろ。アジアの混沌スタイルや。」

車掌はため息をついた。

だが、その雑さこそ害吉鉄道の名物だった。

■出発

汽笛が鳴る。

蒸気動車107号は、青いプラのレールをギシギシきしませながら、ゆっくりと進み出した。

「コレ、ホンマに釜ヶ崎まで行くん?」

「行くよ〜。日本列島からの貧乏ワーカー、みんな乗せて釜ヶ崎へ直行や〜。

ほら、後ろの貨物車見てみ。今日も人がギュウギュウや。」

案の定、後方の貨車には各国からの労働者たちが、荷物と一緒に山積みにされている。

生きているのか死んでいるのか判別がつかない者すら混じっている。

蒸気動車は煙を吐きながら、大阪民国の混沌の中へ消えていく。

向かう先は芦原橋、釜ヶ崎、そしてコンクリ桟橋。

世界中の労働者が流れ着き、そして混ざり合う場所だ。

男は窓を開け、湿った朝の空気を吸った。

「……なんや知らんけど、今日も生きてるわ。行こか、107号。」

蒸気動車は、まるで返事するようにポッと白煙を上げた。

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