ウンコう日誌(第797号)

芦原橋の機関庫に、黒光りする老機関車が静かに息をついていた。

ボイラーの脇には、消えかけた「CK285」の銘板。戦後台湾に残され、三十年近く熱帯の線路を走り抜けた後、民国政府の払い下げで大阪民国に戻ってきた“帰還兵”である。

かつての仲間はもういない。だが、害吉鉄道の社長がこの機関車を見て言った。

「戦地帰りはうちのカラーや。うちの線も戦場みたいなもんやしな」

今やCK285は、コンクリ桟橋から芦原橋本社前を経て釜ヶ崎まで、労働者と貨物を載せて走る。

夏には石炭よりも熱いアスファルトの匂い、冬にはボイラーの湯気が霧のように町を包む。

誰も知らないうちに、機関士たちは彼女をこう呼ぶようになった。

――「帰ってきた貴婦人」。

Pocket

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です