ウンコう日誌(第781号)

大阪民国の害吉鉄道には、ひときわ異様な機関車がいた。

黒塗りの小型蒸気機関車C12──だが、これは正規の日本国鉄型ではない。戦時中に仏印(ベトナム)へ送られ、植民地鉄道の山岳区間で酷使されたのち、インドシナ戦争を経て放置されていたものを、害吉鉄道の社長「鉄道帝」がどこからか買い叩いて持ち帰ったのだという。

銘板には奇妙な漢字交じりのベトナム語「頭𣛠車焒(Đầu máy xe lửa)」の文字。現地工場で修繕された跡がそのまま残り、煤けた煙突に竹製の補強、パイプには現地兵士の落書きまで残されていた。

だが帰国後、このC12は旅客用の車両を持たぬ害吉鉄道の「代用客車」牽引機として酷使されることになる。緑色の貨車に座席代わりの木箱を並べただけの粗末な車両。荷台には農民、労働者、犬や鶏までもが同乗し、ひとつの「移動する混沌」と化していた。

「おい、チケット、チケットあるんか?」

大阪ユニオン駅の改札口で、ベトナム帰りのC12の列車に乗ろうとする者たちは、韓国語・中国語・クメール語・大阪弁の入り交じる混成言語で叫び合う。乗車券には「입석」と殴り書きされているが、それすら有効かどうか怪しい。

堀江新地を過ぎ、芦原橋(本社前)に差しかかると、煙突から吹き出す黒煙はベトナム戦線での苦闘を思わせる重さを帯び、貨車の乗客たちは咳き込みながらも笑っていた。

「Cha ơi!(お父ちゃん!)」

「아저씨, 어디까지가요?」

「ขอบคุณครับ〜」

やがて列車は、コンクリ桟橋に流れ着いたアジア各地の労働者を満載したまま、きしむレールを進む。ベトナム帰りのC12は、今日も時代錯誤の鉄道で、人間と混沌を牽いて走り続けていた。

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