ウンコう日誌(第776号)

それは敗戦の余燼に煙る大地から戻ってきた鉄の獣であった。
かつて樺太の北の果て、氷雪に閉ざされた大泊の港から、石炭と軍需物資をひたすら運び続けた機関車――D51。ソ連軍に鹵獲され、「Д51」と赤いプレートを打たれ、シベリアの凍土をも走らされた。だが運命の糸は奇怪にして不思議、なぜか大阪民国の混沌に引き寄せられ、害吉鉄道のコンクリ桟橋に流れ着いたのである。
黒い車体に赤錆が浮き、煙突は半ば潰れ、しかしその動輪はまだ唸る。運転席には、大阪クレオールを話す怪しい機関士どもが居並び、声を張り上げる。
「おいおい、これソビエト帰りやで!まだ火い入るんかいな?」
「괜찮아、괜찮아! 煤だらけでも走るのが害吉の誇りや!」
「เอ้าเอ้า、荷物積め! 今日も社畜どもを芦原橋へ運ぶで!」
D51(Д51)は、石炭を喰らい、汗と罵声を煙に変えて、ユニオン駅から釜ヶ崎までの闇を突き進む。
その姿を、駅前で酒をあおる労働者たちはこう呼んだ。
――「亡国の帰還兵」。
――「ソ連の幽霊」。
――「鉄道帝の切り札」。
だが社長自称「鉄道帝」は豪語する。
「見ろ、このD51(Д51)こそ、わが大東亜の再起の象徴や! 混沌を越えて、世界の果てまで害吉の煙を撒き散らすのじゃ!」
コンクリ桟橋にて、阪琉航路と阪鮮航路の船腹に荷を移すその夜も、煙突から噴き上げる煙は黒々と、大阪湾を覆い隠していた。