ウンコう日誌(第774号)

大阪ユニオン駅構内に煤けた8620形が滑り込んできた。客車の行先表示には「無限」とだけ書かれた木札。どこから来たのか誰も知らない。
「おい、なんやあれ? 8620なんて戦前の骨董品やろ」
「ほんまや。しかも行先が“無限”。あんなんダイヤにないで!」
大阪クレオールが飛び交い、ユニオン駅の混沌はいっそう増していった。
害吉鉄道本社の前に停められた8620を見て、社長は目を輝かせる。
「……無限列車、か。ええ響きやないか。わしが大東亜を支配するためには、永遠に走り続ける鉄路が要る。これは天からの賜物や!」
参謀格の駅助役は小声で漏らす。
「社長、これ老朽8620に過ぎまへんで。ブレーキ効かんし、ボイラの圧力も抜けとるし……」
「黙れ! 走り続けるかぎり、それは無限や!」
その夜、8620は労働者を満載してコンクリ桟橋に着いた。阪琉航路や阪鮮航路から流れ着いた者たちが屋根までびっしりと乗り込み、異国の言葉で叫びあう。
「꽉 찼다 아이가!(ぎゅうぎゅうやんけ!)」
「Aiya,no seat!無限列車なのに!」
「兄ちゃん、これ釜ヶ崎まで行くんか?」
客車の屋根の上では、行き場を失った日雇い労働者たちが焚き火をしながら歌っていた。
やがて8620は、煤煙を撒き散らしながら釜ヶ崎駅に滑り込む。
「おい、“無限”言うても終点あるやんけ!」
「……せやけど、また明日も走るんやろ?」
「せやな。終わらんのは、この暮らしのほうや」
列車から吐き出される無数の人波。無限列車は今日もまた、終わりなき労働者輸送の象徴として、害吉鉄道の線路をきしませながら走り続けるのであった。