ウンコう日誌(第754号)

これは、泰緬鉄道から引き揚げられたC56形160号機が牽引する、害吉鉄道のとある列車大阪ユニオン駅の片隅にある砂利まみれの12番線から、今夜もひっそりと出発する。客車はかつての三等車を改造したもので、屋根には家財道具と動物が積まれている。客車の車内より屋根の上の方が賑やかだと言われる。

この列車の行き先はコンクリ桟橋。世界中の混沌が流れ着く終着駅だ。阪琉航路や阪鮮航路との接続港でもあり、日が暮れるころになると琉球、朝鮮、フィリピン、バングラデシュあたりから労働者がわらわらと集まり、彼らの体臭と香辛料の匂いが混ざった空気が構内を包む。言葉は通じないが、誰も気にしない。何語で怒鳴られても、どうせ聞こえないからだ。

運賃は統一されておらず、乗るたびに違う金額を請求される。機関士が現地通貨の感覚を失っているため、「気分次第」になっている。払いが足りないと屋根に乗せられ、屋根が満員なら連結器の上に座らされる。よく落ちるが、誰も止めない。

列車が芦原橋を過ぎると、南津守あたりで煙が一層黒くなる。ここで誰かが勝手に焚き火をくべたことが原因だとされるが、詳しいことは誰も知らない。客車の床下ではヤギが鳴き、窓枠には洗濯物がはためく。ラジカセから流れる音楽はインド映画の主題歌、乗客の半数はそれに合わせて踊っている。

機関士は元・帝国陸軍の軍属だったが、今は大阪民国交通省の嘱託扱い。髭面で口数少なく、タイ語とミャンマー語しか話さない。助士は近所の小学生。仕事は火室に竹をくべること。蒸気機関に詳しい誰かが言うには「そんな燃料では走らない」とのことだが、なぜか走っている。

やがて列車はコンクリ桟橋に着く。海の風が吹き、灯台のように輝く鉄塔のそばで貨車の積み荷が降ろされ、客車の屋根からはパラパラと民族衣装の人々が降りてくる。誰も目的地を言わず、誰も帰りの切符を持っていない。

それでもC56は今日も走る。タイの山岳地帯を越えたあの日の記憶を胸に、アジアのカオスの中を、ただひたすらに。大阪民国において、過去も未来も積み込まれて走るのは、この列車だけである。

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