ウンコう日誌(第749号)

コンクリ桟橋発、釜ヶ崎行き第37便。
けたたましい警笛もなく、C12 650号機は静かに出発した。
かつて日本本土の地方ローカル線で走っていた小型のタンク式蒸気機関車・C12は、終戦後に台湾を経て、なぜか今や大阪民国を走っている。全身ススまみれ、塗装も剥がれかけ。そんな姿でなおも「貨客混載」の使命を担う、まさに時代に取り残された名機である。
今日の客車は……客車じゃない。
緑色に塗られた木製の貨車だ。元は野菜を積むための無蓋貨車だったが、今や座席もどきが付けられ、ビニールシートがかぶせられ、労働者たちの足として日々走っている。
荷台には、芋、白菜、赤い袋に入った何か。そして牛の頭部がのぞく──と思ったら、これはプラスチック製の縫いぐるみだった。大丈夫、生き物は乗っていない。
「オーライオーライ、あと一人乗れるで!」
沿線最大のスラム・釜ヶ崎では、これが朝の通勤列車なのだ。
C12 650は、機関士というよりも「なんでも屋の親父」が手ずから手回しでボイラーを起こし、火室の残り炭を箒でかき寄せて出発する。牽引するのは人と物と混沌。
「ええで、いけるいける、今日も動いとるだけマシやで」
軋む車輪。煙は出ない。蒸気はほとんど逃げている。
それでもこの列車は、大阪ユニオン駅に流れついた世界中の出稼ぎ民を、釜ヶ崎や南津守の仮設小屋へと運んでいく。牛と白菜とともに。
阪琉航路と阪鮮航路が接続する「世界の終着駅」コンクリ桟橋から、
今日もまた、時代錯誤のC12が走り出す。貨車客車を引っ張って──。