ウンコう日誌(第865号)

大阪民国の朝は、いつも湿った鉄の匂いがする。
大阪ユニオン駅の外れ、害吉鉄道の留置線に、一台の小さな蒸気機関車が静かに立っていた。
C56形蒸気機関車。
かつて南方――泰緬鉄道を走った機関車である。
戦争が終わり、海を渡って戻ってきたその機関車は、今では害吉鉄道の雑多な貨物列車を引く仕事をしていた。
今日の列車は、コンクリ桟橋行き。
貨車には雑貨、米袋、鉄材、そして屋根の上まで人が乗っている。
コンクリ桟橋に流れ着いた労働者たちだ。
汽笛が短く鳴る。
「ฟู่ーーーッ」
駅のホームでは、朝から様々な言葉が飛び交っていた。
「โอ้ย รถไฟมาแล้วเด้อ!」
「快点快点!去コンクリ码头!」
「야 빨리 타라 빨리!」
「हजुर, यहाँ चढ्नुहोस्!」
「ဟေး! အလုပ်ရှိလား?」
運転士の老人が、機関車のボイラーを軽く叩く。
「お前も遠いとこから戻ってきたもんやなぁ…」
その時、屋根に座っていた若い男が声を上げた。
「เฮ้ คนขับ!これ大阪ユニオン→釜ヶ崎行くんか?」
機関助手が笑う。
「ちゃうちゃう。今日はコンクリ桟橋や。
काम काम、いっぱいあるで。」
屋根の上から別の声。
「嘿!那边是不是海?」
「ဟုတ်တယ်၊港やろ。」
ホームの売店の女が叫ぶ。
「弁当やでー!
밥!饭!ข้าว!」
蒸気が上がる。
C56は、かつてジャングルの橋を渡り、密林を抜けて走った機関車だった。
その記憶は、誰にも分からない。
だが、害吉鉄道の社長――自称「鉄道帝」は、この機関車をとても気に入っていた。
「この機関車な、ええやろ。
大東亜の象徴や。」
社員が小声で言う。
「社長また言うてるわ…
頭大丈夫か?」
「知らん。
แต่รถไฟมันยัง走るやん。」
やがて信号が青になる。
「出発や!」
汽笛。
「フォーーーーッ!」
C56はゆっくりと動き出す。
青い線路の上を、ゆっくり、しかし確実に。
芦原橋。
北津守。
南津守。
車内では言葉が混ざり合っていた。
「काम कहाँ?」
「釜ヶ崎 maybe。」
「돈 있어?」
「没有啊!」
機関車は黙って煙を吐く。
遠い昔、ビルマの森を走った時と同じように。
やがて前方に海が見える。
コンクリ桟橋駅。
世界中から流れ着いた人間たちの終点。
そして、また別の場所への出発点。
汽笛が鳴る。
「フォーーーーーッ」
泰緬鉄道帰りの小さな機関車は、
今日も大阪民国のカオスを引っ張って走っていた。





