ウンコう日誌(第863号)

大阪民国・大阪ユニオン駅のはずれ。煤と油の匂いがこびりついた小さな機関庫の前で、奇妙な機関車が静かに息をついていた。
流線型C53。
戦前、帝国がまだ「速さ」と「威光」を信じていた時代に造られた、いわば見栄のかたまりのような蒸気機関車である。今では世界のどこにもほとんど残っていない。
だが、この大阪民国では違った。
害吉鉄道の社長――自称「鉄道帝」が、どこからか引っ張ってきたのだ。
機関庫の横で、整備員たちがしゃがみ込んで煙草を吸っている。
「これ今日走るんかいな」
「走る言うてたで」
「진짜로? 저거 museum 물건 아니야?(マジで?あれ博物館のやつやろ)」
「museumちゃうで、害吉の現役機関車や」
「မင်းတို့ရူးနေပြီလား…(お前ら正気かよ…)」
線路の向こうでは、コンクリ桟橋から来た労働者たちがぞろぞろと貨車に乗せられていた。タイ語、中国語、ネパール語、ベトナム語が入り乱れる。
「เอ้า เร็วๆ!(ほら早く!)」
「快点上车!」
「जल्दी चढ !」
その列車の先頭に、流線型C53が連結される。
運転士は古い帽子をかぶった日本人の老人だった。
「ほな行くで」
助手が笑う。
「社長ほんまに言うてました?」
「なんて?」
「“これが大東亜の象徴や”って」
運転士は肩をすくめた。
「知らんがな」
そのとき、機関庫の奥から、例の社長が現れる。
黒い外套、古い軍帽、そして妙に輝く目。
「いいか諸君!」
誰も聞いていないのに演説が始まる。
「この流線型は文明の象徴である!」
整備員が小声で言う。
「また始まったで」
「文明言うても貨車やで」
社長は腕を振り上げた。
「大阪ユニオンからコンクリ桟橋へ!そして阪鮮航路!阪琉航路!大東亜はこの鉄路から始まるのだ!」
沈黙。
そして労働者の一人がぽつりと呟いた。
「…नाटक कर रहा है क्या?(芝居してんの?)」
汽笛が鳴る。
ポォォォォォ―――
流線型C53は、ゆっくりと動き出した。
かつては特急列車を引くための機関車。
いまは、世界中から流れ着いた労働者を貨車に乗せて、芦原橋へ向かう。
助手が窓から外を見る。
「なんか…かっこええな」
運転士が頷く。
「せやな」
そして呟いた。
「まあ、時代には取り残されとるけどな」
黒い流線型の機関車は、青いレールの上を、煤を吐きながら大阪民国の混沌へと走っていった。
#害吉鉄道





