ウンコう日誌(第857話)

害吉鉄道・大阪ユニオン駅構内。
錆びた転車台の向こうから、黒光りする機関車がゆっくりと顔を出した。

「おい……あれ、台湾帰りやで」
「台灣回來个?真的假的啊」
「진짜냐… CK285라카더라」
「ກັບມາແລ້ວບໍ」

それがC57、いや、かつて海を渡り台湾で「CK285」と呼ばれた機関車だった。

戦後の混乱期、物資も希望も足りない時代に海峡を越え、南国の鉄路を駆けた。
照りつける太陽、椰子の影、砂糖きびを積んだ貨車。
そして山あいの駅で、台湾語の子守唄を聞きながら夜を明かした日々。

「伊以前走過山線啊」
「山線? えらい山登りやな」
「蒸気圧足りへん時もあったらしいで」
「အဲ့ဒါဆို စိတ်ဓာတ်ကြီးတယ်နော်」

やがて時代が変わり、ディーゼル化の波に押され、
倉庫の片隅で眠ることになったCK285。
だが縁あって、再び海を渡り、
第四世界の混沌都市・大阪民国へ流れ着いた。

大阪ユニオン駅には日本列島の混沌が集まり、
コンクリ桟橋には世界中の混沌が漂着する。

その日、CK285は機関車牽引列車として、
大阪ユニオン駅〜芦原橋(本社前)〜コンクリ桟橋を走る任務を与えられた。

黒い煙を高く吐き、
貨車にはコンテナ、古い家具、バイクの部品、
そして各国から流れ着いた労働者たち。

屋根の上にまで荷物を積んだ客車から声が飛ぶ。

「好熱啊!」
「暑いわボケ!」
「더워 죽겠네」
「गरम छ यार」
「வாழ்க்கை இப்படித்தான்」

C57は黙って汽笛を鳴らす。
それは台湾の山あいで鳴らした音色と、どこか似ていた。

芦原橋(本社前)では、社長――
自称「鉄道帝」が腕組みして待っている。

「フフフ……大東亜を再び蒸気で統一するのだ」

「正気か?」
「미쳤나?」
「瘋了吧」
「မသိဘူး」

誰も相手にしていない。

だがCK285は知っている。
国も旗も変わる。
名前も変わる。
だがレールの上を走るということだけは変わらない。

コンクリ桟橋駅に着くと、
阪琉航路と阪鮮航路の連絡船が汽笛を鳴らす。
桟橋には潮とコンクリートの匂い。

「你係邊度嚟?」
「전라도」
「इलाम」
「ဟိုချီမင်း」

言葉は混ざり、笑いも混ざる。

C57は静かに息を吐く。
台湾でも、大阪でも、
鉄は人を運び、混沌を運び、そして物語を運ぶ。

その夜、機関庫で若いディーゼルカーが小声で聞いた。

「なあ先輩、台湾ってどんなとこやったん?」

CK285はしばらく沈黙し、
やがて短く汽笛を鳴らした。

それは、山線の霧と、
南国の夕焼けと、
海を越えた記憶をすべて包んだ、
少しだけ湿った音だった。

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