ウンコう日誌(第849号)

かつてその機関車は、終点を持たなかった。
線路が途切れるところまで走るのではない。線路そのものを引き延ばしながら進む列車だった。

山を越え、谷を越え、時代の境目を踏み抜き、
乗った者は必ず「戻りたくない記憶」と向き合わされる。
降りた者は二度と同じ人間ではなくなる。
それが無限列車だった。

だがある日、終わりが来た。
破壊でも敗北でもない。
ただ、「ここまででいい」という合意が世界のどこかで成立した。

次に目を覚ましたとき、機関車は自分が小さくなっていることに気づいた。
ボイラーは短く、動輪は簡素で、
かつて人の人生を丸ごと引きずった重量は、掌に収まる程度にまで削ぎ落とされていた。

青いレールの上だった。
害吉鉄道、大阪ユニオン駅の外れ。
プラスチックの線路。だが、走れる。

後ろには客車が連なっている。
屋根には荷物、鍋、壊れた椅子、名前の分からない板切れ。
人もいる。相変わらず。

「降りへんのか」
「降りたら終わりやろ」
「終わってもええ」

誰も泣かない。
無限列車の乗客は、もう泣き尽くしている。

害吉鉄道の社長は、この機関車を見て笑ったという。
「ええやん。無限やったもんが有限になったんや。扱いやすい」

機関車は反論しなかった。
無限だったころより、今のほうが人の顔が近い。

コンクリ桟橋に着くと、また人が乗る。
世界のどこから来たのか分からない労働者たち。
言葉も文字もバラバラだが、目的地だけは同じだ。

釜ヶ崎。

ここでは、列車に乗る理由を誰も問わない。
無限だった過去も、有限な現在も、同じ重さで扱われる。

夜、留置線でエンジンを止めると、
機関車はときどき夢を見る。

終点のない線路。
だが、もうそこへは戻らない。

明日も青いレールの上を走る。
距離は短い。
だが、降りなくていい人間を、ちゃんと運ぶ。

無限列車だった機関車は、
いまは害吉鉄道の、ただの機関車だ。

それでいい。

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