ウンコう日誌(第847号)

社型C58は、もともと天塩炭鉱鉄道の象徴だった。
国鉄と同じ設計図を、あえて私鉄が引き写し、同じ寸法、同じ構造で作らせた蒸気機関車。
それは単なる見栄ではない。
「国に頼らずとも、うちはここまでやれる」
という、炭鉱資本の矜持そのものだった。
だが炭鉱が閉じ、鉄路が剥がされ、機関車が行き場を失ったとき、
このC58は解体も保存もされず、半ば冗談のような経路で南へ流れ着く。
大阪民国。
害吉鉄道。
大阪ユニオン駅の構内に初めて姿を現したとき、
操車係はしばらく無言でそれを見ていた。
「……C58やん」
「せやな」
「国鉄ちゃうで」
「せやろな。顔が違う」
銘板には、聞いたことのない社名。
天塩。
北の果ての、もう地図にも薄くしか残らない場所。
害吉鉄道の社長――自称「鉄道帝」は、それを一目見て笑った。
「ええやん。帝国にふさわしい」
社型C58は、害吉鉄道の貨物列車に組み込まれた。
主な仕事は、コンクリ桟橋へ向かう混成列車。
後ろには、
・石炭の名残を積んだ無蓋車
・各国の文字が書かれた木箱
・屋根にまで人が乗った古い客車
蒸気が上がるたび、
港の労働者たちは振り返る。
「あれ、国鉄か?」
「ちゃうちゃう、私鉄や」
「なんでそんなええ機関車がこんなとこ走っとんねん」
C58は答えない。
ただ、かつて炭塵にまみれた勾配を登った力で、
大阪民国の湿った線路を引きずるように進む。
芦原橋(本社前)で、短い停車。
釜ヶ崎へ向かう蒸気動車が、隣の線で息を整えている。
蓄電池動車は黙って充電端子を外し、
木炭動車はどこか焦げた匂いを漂わせている。
その中で、社型C58だけが、
「近代」という言葉をまだ信じているように見えた。
夜、コンクリ桟橋駅。
赤い尾灯の下、
世界中から流れ着いた人間たちが、無言で降りていく。
誰かが言う。
「この汽車、どっから来たんや」
「北や。ずっと北」
「ほな、ここは終点か」
「知らん。でも線路は続いとる」
C58は蒸気を吐き、
次の折り返しを待つ。
帝国も、炭鉱も、国鉄も、
もうとっくに過去だ。
それでも、
この社型C58は走る。
かつて最先端だった炭鉱鉄道の亡霊として、
そして害吉鉄道という、
時代に取り残された場所の主役として。
青いレールの上を、
今日も、重たく、確実に。





