ウンコう日誌(第843号)

それは「帰りの機関車」だった。

前面に掲げられた番号は C56 160。
だが、機関区でも労務者宿でも、そんな数字で呼ぶ者はいなかった。

「サルゴリラチンパンジーが来たぞ」

誰かがそう言えば、皆が黙る。
笑う者はいない。縁起でもないからだ。

泰緬鉄道。
ジャングルを切り裂き、死体の上に敷かれた線路。
このC56は、そこで人と一緒に“働かされていた”。

南方特有の湿気で弁装置は狂い、
現地調達の粗悪な石炭と薪と油で、喉を焼かれながら走った。
人が倒れれば止まり、人が動けなくなればまた走る。
この機関車は、命令を理解しない代わりに、命令を拒否もしなかった。

現地の労務者たちは、
この機関車を人間より一段下の存在として扱った。

「サル」
「ゴリラ」
「チンパンジー」

怒鳴り声、唾、石。
それでもC56は黙って蒸気を吐いた。

戦争が終わり、
機関車は「不要物」として日本に戻された。

外地仕様の装備を剥がされ、
荒れた配管を仮修理され、
名簿の末尾に、鉛筆で小さく「帰還」と書かれただけ。

だが、帰ってきたのは“鉄の塊”だけだった。

汽笛は短く、
ドラフトは荒く、
走るたびに、どこかから軋みが混じる。

駅員は言った。

「こいつ、なんか…嫌な音がするな」

子どもは言った。

「この汽車、こわい」

誰も理由を説明できなかった。

やがて、このC56は本線を外され、
港に近い短い支線を担当することになった。

貨車は雑多だった。
壊れた家財、錆びたドラム缶、
引き取り手のない“帰還物資”。

積み方も、扱いも、いい加減。

だが、それが似合っていた。

蒸気を吐きながら、
青い簡易レールの上を、
のろのろと進む黒い機関車。

背後の貨車には、
誰にも数えられない物と、
誰にも語られない記憶が積まれている。

ある日、整備兵がぽつりと言った。

「こいつ、夢を見るのかな」

別の者が笑った。

「機関車だぞ」

だが、誰も強く否定はしなかった。

夜の機関区で、
火の落ちたC56のボイラーが、
時々、微かに鳴ることがあったからだ。

まるで、
遠いジャングルで聞いた罵声を、
まだ反芻しているかのように。

それでも、C56は走る。

名前を捨てられても、
番号で呼ばれても、
玩具の線路に乗せられても。

サルでも、
ゴリラでも、
チンパンジーでもなく、

ただの
蒸気機関車として。

今日も、
何も言わずに。

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