ウンコう日誌(第841号)

大阪ユニオン駅の構内で、C53は黙っていた。
黒い流線形のボイラーは、かつて「燕」や「富士」を牽いた頃の面影を残しているが、今は青い簡易軌道の上に載せられ、貨車の列の先頭で息を潜めている。
この機関車は、害吉鉄道にとって「異物」だった。
害吉鉄道の主力は、無限列車だったり、蓄電池動車だったり、木炭動車だったり、どれも時代に取り残され、時代を誤解した存在ばかりだ。
C53のような本流の名機は、むしろ場違いだった。
それでも、鉄道帝はこの機関車を気に入っていた。
「速さのために生まれた機関車や。
せやけどな、速さを失っても、格だけは残る」
誰に向けたともなく、鉄道帝はそう言った。
この日の列車は、コンクリ桟橋行きの混合貨物だった。
台車に積まれているのは、流れ着いた荷物と、流れ着いた人間。
屋根のない客車には、国籍も言語もばらばらの労働者たちが座り込み、C53の背中を見つめている。
「这火车,好老啊……」
「와… 증기기관차 진짜네」
「兄ちゃん、これほんま走るんか?」
芦原橋の本社前を過ぎたあたりで、C53は一度、咳き込むように蒸気を吐いた。
だが、止まらない。
速度は出ない。
それでも、確実に前へ進む。
かつて東海道を120km/hで駆け抜けた流線形は、今は10km/hにも満たない速さで、コンクリートの桟橋へ向かう。
「速さは要らん」
「ここでは、止まらんことの方が大事や」
運転台にいる老人機関士は、そう呟いた。
彼は若い頃、このC53に憧れた世代だった。
その憧れと一緒に、今もこの機関車を動かしている。
コンクリ桟橋駅に着くと、船の汽笛が重なった。
阪琉航路、阪鮮航路。
どこへ行くのかも分からない人々が、C53の後ろから降りていく。
誰もこの機関車の名前を知らない。
誰もこの機関車の栄光を知らない。
それでもC53は、今日も仕事を終えた。
鉄道帝は最後にこう言った。
「こいつはな、過去の象徴やない。
“まだ使えるもんを、捨てへん”いう、害吉鉄道そのものや」
夜の大阪民国で、C53は静かに蒸気を落とした。
その黒い車体は、時代遅れのまま、確かに生きていた。





