ウンコう日誌(第838号)

それは害吉鉄道の蓄電池動車107号だった。
朝の大阪ユニオン駅を出て、ゆっくりと青いレールの上を転がり出す。架線はない。屋根の上にはパンタグラフの名残のような突起があるが、もう何年も上がることはない。夜のうちに倉庫の隅で充電され、昼はひたすら黙って走る。それがこいつの役目だった。
大阪ユニオン駅のホームには、今日も雑多な人間が集まっている。
「喂、これ釜ヶ崎まで行くか?」
「아, 가마가사키? 行く行く、乗れ乗れ」
改札もなければ、案内放送もない。運転士が小さく頷くだけで、それが合図だった。
107号は、芦原橋の本社前で一度だけ長く止まる。貨車の入換が終わるのを待つ間、車内では妙な静けさが流れる。エンジン音がない分、人の咳払いとか、床板のきしみがやけに大きく聞こえる。
「この電車、音せえへんのが逆に怖いな」
「静かやからええんや。逃げてきた身にはな」
芦原橋を出ると、支線へ入る分岐が見えてくる。釜ヶ崎行きだ。運転士は慣れた手つきでポイントを切り替え、107号は何事もなかったように進路を変える。バッテリーの残量計は古い針式で、誰も信用していないが、今日も最後まではもつはずだ。
窓の外には、コンクリートと錆と洗濯物が混じった風景が流れる。世界中から流れ着いた労働者、日本中からはじき出された人間、そのどちらにも行き場がない場所。
「この電車、いつまで走るんやろな」
「さあな。壊れるまでやろ。壊れても、また直すんちゃうか」
釜ヶ崎駅に着く頃、107号は少しだけ唸る。バッテリーが最後の力を振り絞る合図だ。乗客たちは慣れた様子で降りていく。誰も礼は言わないが、誰も文句も言わない。
ドアが閉まり、107号はまた静かに折り返しの準備に入る。
時代に取り残された蓄電池動車は、今日も何も主張しない。ただ黙って、人と人のあいだを運ぶ。それで十分だと知っているかのように。





