ウンコう日誌(第825号)

――それは、かつて「無限列車」と呼ばれていた。
終点という概念を持たず、同じ区間を、同じ時刻表で、同じ顔ぶれを乗せて、ただ走り続けるために造られた列車だった。
旅ではなく、輸送でもなく、「止まらないこと」そのものが目的だった。
だが時代が変わり、無限であることは無用になった。
レールは途中で切られ、予算は削られ、計画は「見直し」という名の廃止になった。
残ったのは、黒い小さな機関車だけだった。
◇
害吉鉄道にやってきた時、その機関車はすでに半分ほど壊れていた。
速度計は動かず、給水装置も応急修理、銘板だけが妙に誇らしげに磨かれている。
「これ、ほんまに走るんかいな」
大阪ユニオン駅の構内で、詰所の作業員が首を傾げる。
「走る走る。無限やったんやからな。
止まらへんのが取り柄や」
そう言ったのは害吉鉄道の社長、通称“鉄道帝”だった。
彼はこの機関車を見た瞬間に決めていた。
――こいつは、害鉄向きや。
◇
無限列車だった頃、この機関車は「終点」を知らなかった。
だが害吉鉄道では、終点が多すぎる。
大阪ユニオン駅。
堀江新地。
芦原橋(本社前)。
北津守。
南津守。
そして、コンクリ桟橋。
行き止まりだらけの線路を、機関車は黙って引き受けた。
貨車には、廃材、ガラクタ、そして人。
コンクリ桟橋に流れ着いた労働者、
大阪ユニオンに吸い寄せられた混沌。
芦原橋で、列車を待っていた男が言う。
「兄ちゃん、この汽車、どこ行くんや?」
運転台から返ってきた声は短い。
「行けるとこまでや」
◇
釜ヶ崎支線に入った夜、
木造の客車で、誰かが笑った。
「无尽列车咧?
走到大阪来,变成害铁了啊」
「뭐 어때요.
여기서도 사람 태우잖아」
「せやせや。
无尽やなくても、生き延びとる」
無限列車だった機関車は、初めて「会話」を聞いた。
終わりのない運行では、誰も語らなかった。
だがここでは、止まり、乗り降りし、文句を言い、笑う。
それは効率ではなかった。
だが、生きている感じがした。
◇
コンクリ桟橋駅。
潮とコンクリと錆の匂いの中で、機関車は今日も止まる。
止まることを覚えた無限列車。
止まって、また走る。
鉄道帝は満足そうに言った。
「無限いうんはな、
終わらへんことやない。
使われ続けることや」
誰も拍手はしなかったが、
機関車は静かに蒸気を吐いた。
それはもう、無限ではなかった。
だが、害吉鉄道でいちばん“しぶとい”列車になっていた。
――今日もまた、終点から、次の終点へ。
#害吉鉄道





