ウンコう日誌(第820号)

——大阪民国・混沌の街をコトコト走る“湯気の電車”——
蒸気動車107号は、害吉鉄道の中でもひときわ異様な存在だった。
大阪ユニオン駅の片隅に、煤だらけの煙突をちょこんと生やし、
電車のようで電車でなく、汽車のようで汽車でもない。
戦前に北海道の片田舎で走っていたというが、
なぜか第四世界の大阪民国へ流れ着き、
そのまま害吉鉄道の住民となってしまったのだ。
朝の大阪ユニオン駅。
混沌が渦を巻く巨大コンコースに、
「ホボホボホボッ……」と情けない汽笛が鳴り響く。
それが107号の始業の合図だった。
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◆釜ヶ崎行き・人々の足
蒸気動車の担当区間は、
大阪ユニオン駅〜芦原橋(本社前)〜釜ヶ崎駅。
日本列島の貧しい労働者が大阪民国へ流れ込み、
ユニオン駅に降りてくると、そのままこの蒸気動車に押し込まれ、
釜ヶ崎へと連れて行かれる。
駅のホームでは、いつもの客が声をかける。
乗客A
「おい107、今日も湯気だしすぎやで。見てみぃ、ワイのシャツしっとりや」
蒸気動車107号(※人格がある設定)
「しゃーないやん……!ワイ、蒸気で走っとんねん!」
乗客たちはゲラゲラ笑いながらパンをかじり、
なぜかモツ煮込みを売り歩く謎の露天商まで乗り込んでくる。
これが大阪民国の標準的な朝の光景だった。
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◆本社前で“鉄道帝”の視察
途中の芦原橋(本社前)駅。
巨大な煤まみれのビルから、害吉鉄道の社長――
自称 「鉄道帝」 がふらりと現れ、107号をじろりと睨む。
「おい107!今日も元気に大東亜運ぶ気あるんか?」
107号
「だ、だいとうあ……?そんなんワイの仕事ちゃうやろ!」
「ちゃうわ、せやけど言うとかんと部下に示しがつかんのや」
よく分からない理屈で怒られ、
よく分からないまま褒められ、
そして107号は今日も釜ヶ崎へ走り出す。
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◆釜ヶ崎駅——混沌の底
釜ヶ崎駅に到着すると、
客たちは降りるやいなや、
「ほな、サンキューやで107!」
と肩を叩き、
アジア系の屋台から漂う匂いの渦へと飲み込まれていく。
107号は大きくため息をつく。
「はぁ〜……今日も無事に走れたわ……」
しかしその瞬間、背後から声が飛ぶ。
駅員(大阪クレオール)
「107!すぐ折り返しな!次の便満員やで〜!ベトナム語も、タガログも、今日はややこしい客いっぱいや!」
107号
「ワイ、語学できへんのやけど……!」
そんな訴えもむなしく、
107号は再び汽笛を上げ、
釜ヶ崎の混沌に吸い込まれるように走り出す。





