ウンコう日誌(第818号)

大阪民国の外れ――いや、外れというより “カオスの吹き溜まり” と呼ばれる芦原橋(本社前)。
そこに、時代から完全に取り残された一両が、今日ものそりとのそりと息をしていた。

緑の木炭動車・107号。
鼻先には煤で真っ黒になったガス発生炉。屋根上には、昔の農具か何かのような通風筒。
その姿は、害吉鉄道の車両の中でも特に哀愁が濃い。

だが、動く。

それどころか、今日も大阪ユニオン駅から流れ着いてきた労働者たちを、釜ヶ崎まで運ばねばならない。
貨物の“ついで”に旅客を乗せるという害吉鉄道の雑な方針が、107号の使命をやたらと重くしている。

プラットホームには、早速ひとりの客が立っていた。
どこの国の言葉かわからぬ帰郷袋を抱え、目だけが妙に鋭い男。

木炭動車107号は、きしりながらホームに寄って、小さくうめいた。

「……またワイかい。今日も重たいのん来よったで……」

男は車体をポンと叩く。

「アイヤー、オッチャン、はよ釜ヶ崎、いこいこ! ワイ、仕事あるネ!」

車内の古びた送風機ががらんと揺れ、107号は深い溜息をつく。

「ほな乗りぃ……。木炭ちょい足りへんねんけど、発車だけはできるやろ……」

背後の焚口に、駅員(この国のどこ出身とも知れぬ若者)が木炭を放り込む。

「ヌワン兄さん、ちょい足しといたでぇ。ほれ、発車ヨロ〜」

木炭が燃える甘い匂いが、車内の窓からじわりと漏れた。
107号は、ギギギ……と力をため、ガクン! と動き出す。

列車は、青色のレール――いや、この国ではそれすら“正規”かどうか怪しい――を進みながら、芦原橋(本社前)へ。
ここで機関車牽引列車と乗り換える客も出てくる。

「ヌワン兄さん、今日もご苦労やで」
芦原橋のホームに立つ老婆が声をかける。

「ほな、おばちゃんも乗るん?」
「乗らへん乗らへん、あんたの煙吸うたら晩飯いらんようなるわ」

木炭動車は苦笑したように車体を揺らし、そのまま支線の釜ヶ崎へ向かう。

釜ヶ崎駅はもう“駅”というより、世界中の労働者の吹き溜まり、悲喜こもごもの坩堝だ。
コンクリ桟橋から流れ着く者、日本列島の貧困地域から押し寄せる者、今日も何かが爆発し、何かが再生する。

やがて107号が釜ヶ崎に近づくと、客が小さくつぶやいた。

「オッチャン、この列車……なんで、まだ走ってるアル?」

木炭動車107号は、少し誇らしげに答えた。

「害吉鉄道に“引退”なんて言葉あらへんねん。
働けるもんは働く。壊れたら直す。直らんかったら殴って動かす。
ここ、大阪民国やで?」

客は笑った。

「ウチの国より、もっとカオスネ……」

「せやろ。ほな、釜ヶ崎ついたで。気ぃつけてなぁ。ここは“大東亜の混沌行き止まり”や」

木炭動車107号は、釜ヶ崎のホームで静かに息を吐いた。
煤にまみれた小さな車体は、どこか誇り高く見えた。

今日も世界の端っこで働き続ける――
害吉鉄道の、時代遅れの英雄として。

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