ウンコう(第817号)

害吉鉄道・大阪ユニオン駅の薄明かりの下。
流線形に改造され、どこか戦前の亡霊のような姿をした C53形——**C5343「黒風号」**が、くぐもった低音を響かせて構内に現れた。

かつて大東亜の夢を担う高速旅客機関車として生まれたが、今は貨客混合の“裏仕事”専門。
鉄道帝が「これはワイの黒い翼や」と言って溺愛する車両である。

黒風号の横には、山ほどの身元不詳の荷物を積んだ木造客車。
コンクリ桟橋に流れ着いた労働者からの“土産物”や、出所の怪しい金属スクラップ、人の形をした得体の知れない包みまである。

大阪ユニオン駅 ― 発車前の混沌

駅のプラットホームは今日も世界の縮図だ。

「おい兄ちゃん、そこの荷物どけぇ、ウチら乗られへんわ!」
「아이구…また満載やん、この列車… 죽겠다 그냥…」
「อาจาน บ่ต้องรีบเด้อ〜どないしても間に合わんて〜」

タイ語、韓国語、中国語、大阪弁が渦巻き、駅員すら統制不能。
黒風号はまるで混沌を吸い込む黒穴のように、それらすべてを飲み込んでいた。

連結作業を終え、黒風号の側面が低く“シューッ”と息を吐く。

すると、駅員のにーちゃんが車体を軽く叩いて叫んだ。

「C5343号、釜ヶ崎までは本社命令で**“急行扱い”**やで!
ほな、いくでぇ〜!ほら乗りぃ乗りぃ、知らんで閉めるで!」

◆発車! 黒風号の“仕事”

C53が静かに動き出す。
流線形の鼻先を震わせ、黒い装甲めいたボディから熱が立ち上る。

「おいおい、この形ほんま時代遅れやんけ……」
「黙っとき、あの子めっちゃ気ぃ悪いんやで。流線形のくせに心は旧式や。」

そんな会話が車内に漏れる。

黒風号は大阪ユニオン駅を出た途端、突然加速した。
まるで自分がまだ“高速旅客機関車”だった頃の栄光を思い出したかのように。

「わぁっ、速っっ!なんやこれ!」
「哎呀!等下啦——我还没坐好啦!!」

荷物が跳ね、屋根の上のガラクタが転げ落ちかける。
しかし黒風号は構わず突き進む。
芦原橋(本社前)に近づくにつれ、スラムの灯りが窓に映え、列車の影は巨大な黒い魚のようになった。

◆釜ヶ崎駅 ― すべてを飲み込み、すべてを吐き出す街で

闇の中、釜ヶ崎駅が見えてくると、車内の乗客は急にざわつき始める。

「ほらアンタ、荷物持ちなや!」
「あかんて、その包み絶対税関通らへんやつや!」

そして列車が止まると同時に、
黒風号は**“ドンッ!”**と全身で息を吐いた。

釜ヶ崎の空気は重たい。
風はぬるく、どこか塩と油と酒の匂いが混ざる。

そんな街に、黒風号は今日も人と荷物と混沌を運んできたのだ。

◆その夜、鉄道帝の執務室で

黒風号の運転報告が届くと、鉄道帝はニヤリと笑った。

「よう働いとるわ、ウチの黒い風は。
大東亜の夢? そんなん知らん。
今の時代に必要なんは“混沌を運ぶ鉄道”や。」

執務室の窓の向こうでは、夜の大阪ユニオン駅に黒風号が帰ってくる。

流線形のボディが、街灯に照らされて艶めいていた。

まるで暗闇を運ぶために生まれた、黒い影の獣のように。

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