ウンコう日誌(第809号)

大阪民国のコンクリ桟橋に、その黒光りする機関車がふらりと帰ってきた。
CK285——旧日本のC57が台湾鉄路を渡り歩き、老兵のような風格をまとって、害吉鉄道へ“亡命”してきたのである。
沿線の労働者たちはざわついた。
台湾での番号をそのまま掲げ、前照灯の下には「濱海町」と書かれた円形プレート。
サビも煤も、異国の匂いも、全部そのまま。
害吉鉄道の車庫長・南河内(なんがわち)は、深いため息をつきながらその巨大な車体を見上げた。
「……これ、整備できんのか?」
そこへ、芦原橋の整備士チーム——大阪クレオール混成軍がぞろぞろと集まる。
■会話(大阪クレオール)
「おおお、これ台湾ライ帰ってきたエンジンやん?
ギラギラしとるわ〜、煤の匂い masih 台湾式 lah。」
「兄ちゃん、このボイラ圧どうすんねん。
バラしたら零件ぜんぶミックスやで、華語のタグまで付いてるし。」
「気にせんでええって。うち害吉やで?
何語でも読めるヤツおるやろ。
ほら、アホ・チャン(整備係の張さん)、你看一下〜」
張さんが煙室扉をコンコン叩く。
「嗯……這個還可以啦(これまだ行けるで)。
但是……煤斗裡面,完全是台灣的味道やん。
懐かしい lah。」
「ほな動かしてみよか?
ユニオン駅まで乗務してくれる人手ぇおる?
あ、あんたか。……また変なトコ行きたがるなぁ。」
「ええねんええねん。ワイ、こういう旧車すきやし。
‘鉄道帝’の社長もウキウキしとったで。
『大東亜の魂ここに帰る』とか、また意味わからんこと言うてたけど。」
全員、ため息。
■運行開始
試運転列車は、
コンクリ桟橋 → 北津守 → 芦原橋(本社前) → 大阪ユニオン駅
の貨客混合ルートへ。
沿線には、流れ着いた労働者、旅芸人、謎の商人、そしていつものホームレスのおっちゃんまで、みんな線路際に集まった。
CK285が汽笛を鳴らす。
台湾式に少し高く柔らかい音。
その瞬間、コンクリ桟橋の混沌とスモッグの空気が、すこしだけ澄んだ。
■途中の駅にて(会話)
「おっちゃんこの汽笛、なんか違うやろ?」
「음… ちょい台湾味するな。ええ音やわ。」
「こいつ今後どうするん?」
「害吉鉄道の“国際便”牽引するらしいで。
阪琉航路も阪鮮航路も、人も荷物もごちゃ混ぜやし、
台湾帰りの機関車がぴったりやん。」
「なるほど lah〜。
なんでも混ざるのが害吉スタイルやからな。」
■終着・大阪ユニオン駅
CK285がホームに滑り込むと、遠くから怪しい黒服の影が手を振る。
害吉鉄道の社長——自称「鉄道帝」だ。
「うむ……よくぞ帰った!
これで大東亜の鉄路は我が害吉が統べる……!」
整備士一同(小声)
「……正気ちゃうであのオッサン。」
だが、機関車だけは満足げに蒸気を吐き、
まるで「長い旅、やっと家に帰った」と語っているようだった。
■エピローグ
翌朝の害吉タイムズ紙には、こう大きく見出しが躍る。
「台湾帰りの黒い貴婦人、害吉に降臨」
そして沿線では、
「あのCK285、今日も走っとる?」
「走っとるで〜、濱海町プレート光ってたわ」
と噂されるようになった。
C57は日本を出て台湾に渡り、
そして混沌の都・大阪民国の害吉鉄道に帰ってきた。
その再出発は、今日も青い線路の上で蒸気を吐きながら続いている。





