ウンコう日誌(第807号)

泰緬鉄道から帰還したC56形の 160号機。
大阪民国の害吉鉄道に配属されると、妙なあだ名をつけられた。「サルゴリラチンパンジー」。
理由は簡単で、戦争帰りであちこち傷だらけ、煙突にはジャングルの煤がこびりつき、側面にはサルにつけられた爪痕らしきものまで残っていたからだった。

コンクリ桟橋駅の早朝。
潮風に混じってどこか東南アジアの湿気を思わせる匂いが漂う。

サルゴリラチンパンジーは、今日も労働者混成列車の牽引だ。
客車の屋根には、どこで拾ってきたのか分からない荷物が山積みになっている。

芦原橋(本社前)にて

構内に入ると、老朽木造駅舎の前で、休憩中の害吉鉄道の職員が手を振った。

「おーい、サルチンくん、今日もボロ客車引いてくれんねんか?」

機関士のアジア系青年・リャンが窓から顔を出す。

「アイヤー、오늘도 꽉 찼다よ、釜ヶ崎行き乗客また爆増やで。
유니온역에서 노동자 잔뜩이야…なんで always 我らの列車だけ crowded 哦?」

後ろの方から、混成客車のデッキにぶら下がっていたおっちゃんが怒鳴る。

「あほかいな!ここ来たら全部カオスやで!」

それは世界の果てから流れ着いた労働者たちが混ざり合った害吉鉄道のいつもの日常だった。

大阪ユニオン駅

大阪ユニオン駅は、今日も「アジアのラゴス」らしい混沌に満ちていた。

ベトナム語、中国語、関西弁、カンボジア語、そして謎の言語が同時に飛び交う。
構内のベンチでは屋台のフォーをすすり、向かいでは関東から来た背広姿の男が青ざめていた。

「……ここ、なんなんですか……?」

通りすがりの地元民が肩を叩いた。

「ここ大板民国やで。慣れんと死ぬで。」

サルゴリラチンパンジー、怒る

そのとき、ホームで突然の衝撃音。

三等客車の屋根に座っていた男が、後ろの荷物(主に謎の家電)を蹴散らしたのだ。

サルゴリラチンパンジーの汽笛が鳴る。

「ポーーーーーッ!!(やめんかワレェ!!)」

リャン
「哎呀!你们不要乱动啦!落ちたら 죽는다よ!!」

屋根の男
「チャイヨー!!(なぜかタイ語で気合)」

別の労働者
「おまえ落ちたらウチら遅延なるやろ!やめとき!」

ホームの駅員
「害吉鉄道は責任取りません!各自で気ぃつけや!」

釜ヶ崎へ

列車はギシギシと音を立てて走り出す。

サルゴリラチンパンジーは、戦場のジャングルを思わせるような蒸気を吐きながら、
今日も労働者の街・釜ヶ崎へ向かって走る。

その姿を見て、沿線の子どもが言った。

「おかあちゃん、あれ何の汽車?」


「あれはな、サルとゴリラとチンパンジー全部まざってる汽車や。強いで。」

コンクリ桟橋にて

夕刻。
コンクリ桟橋は世界中から流れてきた人々で埋め尽くされ、
桟橋に繋がる阪琉航路と阪鮮航路の喧噪が混ざり合っていた。

サルゴリラチンパンジーは静かに停車し、しばし海風に身を預ける。

リャンが機関車を撫でながら呟く。

「おまえ、戦地から帰ってきて、今またカオス戻ってきたな……
でもここ、大板民国の『平和』やで。」

サルゴリラチンパンジーは、小さく「ポッ」と汽笛を鳴らした。

その音は、遠い泰緬のジャングルの記憶を、
そして今を生きる混沌とした人々の営みを、
どこか優しく包み込むように響いた。

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