ウンコう日誌(第802号)

コンクリ桟橋から大阪ユニオン駅まで、ひときわけたたましい音を立てて走る列車がある。

害吉鉄道の蒸気動車107号。

見た目はトラム、心臓はボイラー。燃料は時々木炭、時々拾い物の廃油。

「おい107、また蒸気圧足りへんぞ」

「しゃあないやん、きょう湿気高いし!」

機関士のアブドゥラ(ミャンマー人)と、ボイラー係のチュン(福建出身)は、いつものように言い合いながら走る。

屋根には荷物と人。釜ヶ崎の労働者たちが座布団代わりにコンテナを抱えている。

行き先板には“芦原橋(本社前)”。だが、誰も本社なんて見たことがない。

沿線の駅はどこもボロい。

その中でも**「芦原桟橋口」**の停留所は特にひどい。

小屋の屋根には緑青が浮き、ベンチは片方折れている。

それでも朝になると、港から来た女たちがここで乗る。

大半は洗濯場か、魚工場の女工。

一人、腰の曲がった婆さんが「コンクリ行き?」と尋ねると、車掌が笑って「せやけど、戻らんで」と答えるのが恒例だ。

蒸気動車107号は、汽笛を鳴らす。

「ピーーーーーー……!」

音の高さはその日の機嫌次第。

今日は少し高めで、天井の錆びた配管が共鳴している。

走るたび、沿線の子どもたちが追いかける。

犬も吠える。

異国の言葉が飛び交う車内では、誰も自分の国の言葉で怒鳴り合い、笑い合う。

それが大阪民国の日常や。

午後の最終便。

太陽が西に沈むころ、コンクリ桟橋に着く。

煙突から最後の白煙を吐き出すと、107号は静かに息を止める。

そこから先は海。

阪鮮航路の錆びた船が待っている。

次に動くのは、また明日の朝。

そのときボイラーが爆ぜなければの話や。

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