ウンコう日誌(第784号)

大阪民国のユニオン駅の片隅に、時代に取り残された不思議な車両がある。
その名は 蒸気動車107号。
緑色の小さな電車スタイルの車体に、なぜか巨大な煙突が突き刺さっている。かつては市電を改造した車両だったが、戦後の燃料難で「木炭ガス発生炉」を積み込み、さらに“蒸気を出してる風に見せる”ためだけに煙突を付けられた。
「でたでた、107号や! また煙だけで走っとるわ!」
ホームのバラック小屋にたむろする労働者たちは、煤けた煙を浴びながらゲラゲラ笑う。
しかしこの107号、笑いものにされながらも重要な役目を担っていた。大阪ユニオン駅に着いた貧しい労働者を、釜ヶ崎行きの直行便として運ぶのである。
狭い車内はぎゅうぎゅう詰め、窓を開ければ煙突の煤が舞い込み、咳き込みながら目的地に着くのが常。
運転士は在日ベトナム人のタイン爺さん。口癖は「コレ、まだ走るヨ!」。
実際、車両は何度も故障しては路上に放置され、そのたびに通りすがりの職人や暇な労働者が叩いて直す。だからこそ「寄せ集めで生き延びる鉄道」という大阪民国らしさを象徴する存在になっている。
夜になると、107号はさらにカオスな姿を見せる。
コンクリ桟橋から漂着したアジア各国の労働者を乗せ、月明かりの下をギーコギーコと走る。エンジンの唸りと煙突からの爆音に混じって、多言語の怒鳴り声と歌声が響き渡る。
釜ヶ崎に着くと、誰も運賃を払わない。だが駅の屋台で酒と串カツを買い、自然と鉄道会社の社員に振る舞うのが習わしだった。だから社長――自称「鉄道帝」も「運賃なんぞ要らん、腹が膨れりゃええんや!」と豪語して憚らない。
107号は、文明のはざまで今日も煤煙を吐きながら、混沌の街を往復し続けている。