ウンコう日誌(第767号)

大阪民国・害吉鉄道の片隅。
緑の蓄電池動車「107号」は、まだ夜明け前の薄暗い時間に大阪ユニオン駅に現れる。パンタグラフもない小さな車体に、大きなバッテリーを抱え込んだ、時代遅れの車両だった。しかしそれでも、今日も釜ヶ崎へと向かう労働者たちを運ぶ、大事な存在である。

プラットホームには、九州から夜行列車で着いた炭鉱労働者、沖縄からフェリーで来た若者、インドシナから流れ着いたクメール人、さらに上海から逃げてきた料理人志望まで、あらゆる人々が並んでいた。
そこへ構内放送が鳴る。

「つぎ発車すんの、釜ヶ崎いきバッテリカーやでぇ! おっそなったら席なくなるで、はよ乗りぃ!」

ざわつく群衆が一斉に車両へ押し寄せる。

「これ、ほんま走んのかいな?」
「ええねんええねん、押したら動くんや。ケンチャナヨや!」

107号は、重々しいモーター音を立てながら発車する。車内には木のベンチしかなく、吊り革もどこかの中古品だ。窓から見えるのは、大阪の混沌そのもの。ユニオン駅を離れると、掘っ立て小屋が連なる堀江新地、貨物ヤードとドヤ街の境目にある芦原橋駅(通称・本社前)、そして釜ヶ崎へ向けてまっすぐに延びる青いレールが続く。

やがて列車が途中で力尽き、止まってしまった。車内に緊張が走る。
しかし次の瞬間、誰かが声を上げる。

「ほな、みんなで押すでぇ!」
「ヨイショ! ヨイショ!」
「快啰! ヨイショ!」
「빠리빠리! ヨイショー!」

日本語、中国語、韓国語、東南アジアの言葉が入り混じり、異様なリズムとなって列車を前へと進ませる。

やがて釜ヶ崎に到着すると、労働者たちは散っていく。日雇いの仕事を求める者、飲み屋へ向かう者、炊き出しに並ぶ者。
107号はひと息つく間もなく、夜になれば再び大阪ユニオン駅へ戻っていく。そして翌朝にはまた、遠くからやって来る新しい労働者たちを迎えに行くのだ。

時代に取り残された小さな蓄電池動車
その小さな車体には、大阪民国の混沌と、世界中の民衆の夢と絶望が詰め込まれていた。

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