ウンコう日誌(第752号)

コンクリ桟橋の夕暮れ、貨物ヤードの片隅で眠っていた一両の黒い流線型蒸気機関車が、唐突に煙を噴いた。
その名は C5343。
戦前、軍用列車専用の試作機として極秘裏に製造され、「黒い鯨(ブラック・クジラ)」の異名を持っていた。だが、あまりに重く、あまりに速すぎて当時の軌道を破壊するという前代未聞の事故を起こし、戦後長らく封印されていた――はずだった。
ところがその封印を、害吉鉄道の「鉄道帝」社長が勝手に解いてしまった。
「これからの時代はスピードと威圧感じゃ!」
復元されたC5343は、芦原橋から堀江新地、北津守、そして最果てのコンクリ桟橋へと続く夜間貨物列車「第88便」を牽引するようになった。
だが、その運行には奇妙な噂がつきまとう。
「夜中に聞こえる“クジラの鳴き声”は、C5343の汽笛やで」
「貨車の中身、あれほんまに雑貨か? 静かすぎるんや」
「あの列車に乗った者は、二度と戻ってこぉへん……」
事実、C5343が牽引する列車には、アジア各地から流れ着いた謎の積荷や、正体不明の旅客がひっそりと乗っているという。
そして、ある夜。
芦原橋駅の支線で、釜ヶ崎方面から身なりの怪しい老人がひとり、C5343の最後尾に乗り込んだ。
「ワシは……昭和の亡霊じゃ」
彼はそう言い残して闇に消えた。
C5343のヘッドライトが闇を切り裂き、鈍く光るレールの上を――
まるで都市の記憶を呑み込むかのように――滑るように走り去っていった。
翌朝、誰も列車を見た者はいなかった。
ただ、コンクリ桟橋の海にぽっかりと浮かぶ流線型のシルエットだけが、港の労働者たちの間で語り草になっている。