ウンコう日誌(第746号)

無尽機関
「……ああ、あの機関車かい。あれは“無尽機関”って呼ばれてる」
コンクリ桟橋駅の片隅、古びた詰所で茶をすすりながら駅員のヤマカミはそう呟いた。
「昔は、どこまでも走り続ける列車だったんだとよ。寝て起きてもまだ走ってる。昼も夜も、線路が続くかぎり、ね。客が降りようが、汽車は止まらねぇ。そんな列車があったらしい」
その黒い蒸気機関車は、害吉鉄道の中でも特異な存在だった。車体には煤が染みつき、動輪の軋みは人語のように呻いていた。プレートには金文字で「無限」と書かれている……いや、かつてはそうだったが、今ではその文字も摩耗し、「無」だけがかすかに残っている。
破棄された列車
戦前、南方との秘密連絡用として開発されたというこの機関車は、かつて国家機密扱いの「永続列車計画」に組み込まれていた。石炭でも重油でもなく、謎の合成燃料で動くその駆動システムは、戦後の混乱とともに忘れ去られ、車体ごと鉄道庁の地下倉庫に封印された。
ところが、害吉鉄道の社長──自称「鉄道帝」──がこれをどこからともなく手に入れてしまう。
「ほほう。無限に走るとは、まさに帝の器にふさわしい!」
復活する夜汽車
再整備された機関車は「無尽(むじん)」と名を改め、深夜の堀江新地発・釜ヶ崎行き列車に就くことになった。
しかしこの列車には、奇妙な特徴がある。
まず時刻表に載っていない。乗った者は翌朝、なぜか見知らぬ貨物ヤードで目を覚ます。誰も途中駅で降りた記憶がないのに、乗客の数が減っている。そして車内には、誰が置いたとも知れぬ線香の匂いと、壁に書かれた謎の記号──「帰リ道ハ 無シ」。
“あの世連絡列車”の噂
ある日、釜ヶ崎の無料宿舎に暮らす老人が、こう語った。
「無尽機関が走る夜には、駅の灯りが紫色になるんだ。あれは、生きとる奴と、死んだ奴の境目を曖昧にする色なんだよ」
労働者たちのあいだでは、この列車は“あの世連絡列車”と呼ばれていた。深夜の堀江新地から乗ると、生きて帰れない。だが、逆にこの列車でコンクリ桟橋に着いた者は、どこか憑き物が落ちたような表情をしていた。
「帰ってきたって? いいや、あれは“戻された”だけさ。まだ仕事が残ってるって、そういうことだ」
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現在、この機関車は貨客混載の「第零列車」として、害吉鉄道の南津守支線を夜な夜な走っている。だが乗る者はほとんどいない。切符売り場で「無尽機関の便を」と口にすれば、駅員が一礼して黙って通してくれる。なぜなら、その列車は運賃が要らない代わりに──帰りの保証もないからだ。